第百三十七話 不安
「……これ以上、バランについて考えていても仕方ありませんね。結局、どれも憶測の域は出ませんし」
ミリアルドの言うとおりだ。
俺たちを弄ぶバランを許してはおけないが、かと言って奴のことばかり考えていても仕方がない。どうせ真相は、本人に聞く他に知る由はない。
ヤツのことよりも優先される事柄はまだまだたくさんある。
「まずはこのドランガロをどうにかしましょう。このままでは、街の人々の暮らしもままなりませんから」
言うと、ミリアルドは視線をイルガの方へと向けた。
「イルガさん、お疲れかと思いますが、今からセントジオガルズまで僕を連れて行ってくれませんか?」
「構わないが……お前だけか?」
尋ねる言葉に、はいと一つ頷いた。
「クリスダリオ陛下にお話して、グワンバンに代わるドランガロの領主を決めてもらいましょう。街の統治者がいなくては、人々も混乱しますから」
「お兄様のところへ行くのなら、わたくしも――」
「いえ、サトリナさんはここに残って、人々の話を聞いていてください。不安や不満を聞いてあげてください」
要するに、領主の代理となれと言っているのだ。
だとすれば、サトリナは適任だろう。何せ国王の妹だ。避難誘導の時から、人々の信頼が篤いのはわかっている。
「ローガさんは瓦礫や壊れた家屋の撤去を手伝ってあげてください。イグラ族の怪力は力仕事に役立ちます」
「おう、任されたぜ」
「で、クロームさんは無理をせず、安静にしていてくださいね。隠れて特訓とか、絶対にダメですからね!」
念を押すように言われてしまう。
……実際、夜には多少身体を動かそうと思っていたのは、黙っておこう。
「魔王のことも気になりますが、この街のことは放っておけません。みなさん、よろしくお願いします」
さすが教団の神官だとばかりに、ミリアルドはみんなを志強く牽引してくれる。
年はまだ、6、7歳程度だと言うのに……まったく、大した人間だ。
「それじゃあイルガさん、お願いします」
「ああ。……では、行ってくる」
イルガは最後に俺にそう告げて、ミリアルドと共に病院を出ていった。
「わたくしたちも行きましょう。ミリアルドさんたちが新たな領主を連れて帰ってくるまでに、街をある程度綺麗にしておかないと」
「あいよ」
サトリナとローガも動き出す。
俺は一人病室に残される。……いや、一人ではない。
隣に眠るマーティを見た。
いつ目覚めるのだろうか。目覚めたときには、彼女はマーティなのか、それとも……まだ、ファルケのままなのか。
マーティのこと、バランのこと、魔王のこと……不安なことは多々ある。
何か身体を動かして、この鬱々した気持ちを吹き飛ばしてしまいたいが……ああも釘を刺されてはそうも行かないだろう。
仕方がない。
ベッドに身体を沈めて、目を閉じた。
今は身体を休めよう。少しでもケガを早く治して、俺も何か手伝ってやらないと。
そう思いながら俺は、うたかたの夢の世界へと、歩を進めていった。
それから、四日ほどが経った。
俺はこの四日、ベッドの上からほとんど動いていない。だが、病室の外からはちょうど街の様子が見れるため、忙しい中見舞いに来てくれるローガやサトリナの話と合わせ、街の状況は垣間見ることが出来た。
街の復興はほとんど進んではいなかったが、それでも事件当日よりはだいぶ綺麗になっていた。
グワンバンの屋敷跡の瓦礫はすべて除去され空き地となり、今では子供たちの遊び場となっている。
特にローガは子供たちから大人気だ。家が孤児院だったという話も前にしていたし、子供相手には慣れているのだろう。
……ただ、たまに渡された仕事をサボって出てきていることもあり、その時にはいつもサトリナにどつかれていた。
そのサトリナはローガとは正反対に、大人たちに囲まれるようなことが多かった。
住む家を破壊された人たちは、街の住民が協力して他人の家で寝食の場を与えているようだが、その結果イザコザが起こってしまうのは、仕方がないがやるせない気持ちになる。
他にも、復興作業でケガをした人間に治癒術をかけたり、運び出された瓦礫の撤去場所に頭を悩ませていたりと、土地を治める苦労を存分に味わっているようだ。
だが、本人も苦労の中に楽しさがあると嬉しそうに言っていた辺り、彼女にもきっと王の器があるのだろう。
そして……俺の隣にいるマーティは……未だ、目を覚まさずにいた。
昨朝、ベッドの下でもぞりと身体が少し動いたが、それだけだ。彼女の意識がいったいどちらのものかすらもわからない。
不安は……募るばかりだ。




