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第十三話 不穏な嵐

 その後は特に問題が起こることもなく、俺たちはノーテリアに辿り着いた。

「久々に来たけど、やっぱ大きいね~」

 ロシュアよりも都会な街並みは、数年ぶりの光景だ。

 石造りの様々な建物が立ち並び、大小の屋台には笑顔の人々が集っている。活気づいたいい街だ。

 

 夕刻。

 もうしばらくすれば日が沈み始める。その前に港に行って、ソルガリアへの船を予約しておこう。

「ねえねえクロ! なんか食べようよ!」

「遊びに来たんじゃないんだぞ……」

「わかってるよ~。でも、ほら、せっかくなんだし、ね?」

 お願い、とマーティは頭を下げる。

 まあ、そこまで急いでいるわけでもなし、別にいいか。


「無駄遣いはするなよ」

「は~い」

 嬉々としてマーティは、屋台の物色に走る。

 まったく、子を持った親の気分だ。

 

 マーティは両手にそれぞれ、魚介と畜肉の串焼きを持ち、器用に食べ分けながら俺の隣を歩いた。

 港に行き、船着き場にいる船員に声をかける。

 だが、その表情は芳しくなかった。


「すいません、ソルガリア行きの船に乗りたいんですが」

「ん、ああ。いや、悪いけど、ソルガリア行きの船はしばらく出ないよ」

「え?……何か、あったんですか」

 俺の問に、船員は海の向こうの空を指差して答えてくれた。


「あっちの方に黒い雲が見えるだろう? あそこで嵐が起きていてね。あれが晴れないと、危険なのさ」

「うわ、ホントだ。海がすっごい荒れてる」

 目のいいマーティが、俺が見える範囲以上のことを教えてくれる。

 しかし、こんな時期に嵐だと? 海が荒れるのはもう少し気候が温かくなってからだと思ったが……。

 

「いつ晴れるかわかりますか?」

「うーん、わからないな。でも、少なくとも四、五日はかかるんじゃないかな」

「……わかりました。ありがとうございます」

 一度港を離れ、街に戻る。

 街中のベンチに腰を下ろして、今後のことを考えた。


「まさか船に乗れないとはねえ」

 串焼きを食べ終え、手の中で串を弄びながらマーティは言う。

「ああ。時期外れの嵐か……、運が悪かったな」

 いや、それよりあれは本当にただの嵐なのだろうか。嫌な予感が俺の中を駆け巡る。

 魔物の中には、気象を操る奴らもいる。心当たりはいくつかあった。

 何にせよ、今の俺たちには手が出せないことは確かだ。

 

「足止めかぁ。ま、しょうがないし、宿でも取ろうか」

「……いや、やめておこう」

「どういうこと?」

 確かに、マーティの言うとおり、ここで宿を取って嵐が止むまで待つのもいい。

 しかし、普通に待っても四、五日かかる。もし魔物が起こしたものならば、もっと時間がかかるかもしれない。

 それでは時間を無駄にするだけだ。まだまだ時間的余裕はあるとは言え、今後何が起こるかもわからない。無駄は減らしておくに限る。

 

 俺は勇者戦紀の世界地図を取り出し、隣に座るマーティに見せた。

「ここがノーテリアだ。ここから、船で北に向かって王都ソルガリアに向かう予定だったわけだ」

 このソルガリア大陸は南北に長く伸びた形をしている。ロシュアはかなり南の方にあり、王都ソルガリアは中央北寄りだ。

 地図上で言えば、ノーテリアとソルガリアは直線上。しかし、この二つの都市の間には東西に長いベルガーナ山がそびえ立つ。

 だからこそ、多くの人々が船を使って海を渡るルートを使っている。

 

「でも、向かう道は一つじゃない。海を渡らずに山を越えてしまえばいい」

「え。……山、登るの?」

「ベルガーナ山は険しいが、向こうに渡るだけならそこまで長い時間はかからない。余裕を持って、3日だな」

 ここで嵐が止むのを待つよりも早く、山の向こうにはたどり着けるということだ。


「でも、山からソルガリアまでかなり距離があるよ? これ陸路は時間かかるよ~?」

 マーティの言っていることは正しい。直線距離でもベルガーナ山からソルガリアはかなりの距離がある。

 

「ああ。だから、川を下る。山を下りて西に向かうと、川沿いに町がある。ここからソルガリアまで、河船が出てるんだ」

「ほうほう」

「山を超えるのは手間だが、河船に乗ってしまえば後は楽だ。嵐を待つより、結果的に早くたどり着けると思う」

 仮に四、五日で嵐が止むのなら、恐らくここで待つほうが早いだろう。山を超える必要もないから楽だ。

 しかし、嵐が止む保障はない。いつまで経っても止まず、時間を無駄にする可能性の方が高い。

 それならば、さっさと山を抜けてしまう方がいいだろう。

 

「うん、わかった。それじゃあ、今日はここで一泊して、明日山だね」

「……いや、今日中に山に行ってしまおう」

「え?」

 マーティがきょとんとした表情になる。まあ、何も知らなければそう思うのも無理はない。

 今から山へ向かっても、到着するのは確実に夜。夜の山は危険すぎる。

 当然そんなことわかっている。

 

「山の麓に、ティムレリア教団の教会がある。あそこは山を登る旅人たちのために、宿と食事を用意してくれているはずだ。そっちに泊まったほうがいいだろう」

 ティムレリア教団とは、女神ティムレリアを崇拝する宗教団体だ。

 俺に勇者の証を授けたのも女神ティムレリアだ。彼女が、いつもこの世界を見守ってくれている。

 ティムレリア教はこのソルガリア大陸全土に広く布教されていて、大陸中に教会が点在している。 

 もちろん街の宿屋のような快適さはないが、金がかからないのは魅力的だ。

 朝早くから山に登る事もできるし、そこに行ったほうが後の道程は楽になるはずだ。


「えー……今からぁ? 私、疲れた……」

「日暮れには着く。我慢してくれ」

 ぶつくさと文句を言いながらも、マーティは立ち上がり、近くのくずかごに串を捨てた。

 俺もベンチから立ち、街の出口に向かって歩き始めた。


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