第百三十六話 バランの策略
「ローガさんの言うように僕達を殺そうとしたのだとして……まずおかしいのは、あの手紙です」
ティムレリア教団に送られてきた、ドランガロにバランがいるという手紙だ。
砦に逃げ込んだドランガロ在中の国防軍兵士に聞いても、結局差出人は見つからなかったとサトリナから聞いている。
行方不明になったり、突然死した兵士もいなかった。……つまり、俺たちを誘い出すための罠だったということは確定だ。
が、それならばおかしい点が一つある。
「どうしてバランは、グワンバンに気を付けろなどと書いたのでしょうか。あれがなければ、策略どおりに寝込みを襲われていた可能性は大いにあります」
あの一文があったからこそ、俺たちは存分に注意が出来た。
俺たちを始末しようと言うのならあの文面は必要なかった。……腹立たしいことだが、バランは周到な男だ。
何かの考えがあってあれを書いたことは間違いないだろう。
「グワンバンには失敗してほしかった……ということなのでしょうか」
「んだよそれ。そんなことする意味ねえだろ?」
サトリナの言葉にローガが返す。むっとして睨み返し、そのままいつものように言い合いになりそうなのを他所に、イルガがもしや、と呟いた。
「どうした、イルガ?」
すぐには答えず、腕組みをして考える。
少しして、イルガは苛立ちを隠さぬままに舌打ちをした。
「だとすれば……してやられたということか」
「説明を頼みます、イルガさん」
ミリアルドに言われ、イルガは腰に手を当て、憮然とした態度で話し始める。
「恐らく……バランの目的はあの戦車だ」
「戦車?」
聞き返すと、イルガは一つ頷いた。
「ああ。あの戦車は、バランの作り出した幻影が操縦していたんだったな?」
ローガを見る。すると、あの時のことを思い出したのだろう、ローガは渋い顔になって鼻の頭を掻いた。
「みたいだぜ。ありゃあ酷い臭いだった」
少なくとも人間は乗っていなかった、とローガは確信しているようだ。
「つまり戦車を動かしたのはバランの意志だ。グワンバンの策ではない」
「本人も慌ててましたものね。第一、自分の屋敷を壊すなんてこと普通はしないでしょうし」
サトリナの言うとおりだ。
屋敷どころか、ドランガロがあんな目に合うこと自体想定していなかったようだ。
バランがグワンバンを捨て駒にしたのは間違いない。
では、何のために?
イルガが続ける。
「バランは魔物を使役できる。そうだったな、クローム」
「ああ。どういう方法かは知らないが、あの時テンペストは確実に、バランに従っていた」
ティムレリア教団のバルコニーで、操られたマーティに襲われた時。
テンペストはバランに従っているようにしか見えなかった。人間に従う魔物など聞いたことがないが……紛れもない事実だ。
「そして、このドランガロにある戦車は対魔物用の兵器。とすれば……バランが戦車を恐れるのは、当然だとは思わないか?」
「……それは、そうですね」
バランが魔物を使役し、人々を襲おうと考えた時、戦車の存在は脅威になる。だからそれを破壊させるために、俺たちを利用した……。
筋は通っているようだ。一見問題なさそうに思えるが……どうやら、ミリアルドはその矛盾に一つ気付いているようだ。
「しかし、それならばグワンバン殿を殺さなければよかったのでは? 彼を従えていれば、戦車を使われることもないでしょうし」
俺も同じことを考えた。
わざわざ破壊せずとも、むしろ先のように自身の手駒にしてしまえばいい。
が、そのミリアルドの答えを否定したのがサトリナだった。
「いえ、グワンバンはあくまでも開発を担当しているだけですわ。もしも魔物が脅威となれば、お兄様の一言で国防軍が戦車を動かします」
「なるほど。……なら、イルガさんの考えであってるかもしれませんね」
そう言えばそんなことをグワンバンは口走っていた覚えがある。
「だとしても忠実な部下を殺す必要はないだろ? あいつ、なんか取引してそうな感じだったし」
世界を支配した暁にはセントジオ大陸を任せる――恐らくそんな盟約を交わしていたようだ。
グワンバンは死の直前、そのようなことを言っていた。
あれを聞く限り、裏切りの気配を見せていたわけではなさそうだ。
「……必要がなくなったのかもしれないな」
イルガが言う。必要がない……つまり、役目を終えたということか。
「グワンバンを部下にしておくと、ヤツにとってむしろ邪魔だったのかもしれない。だから、戦車破壊のついでに殺したのだろう」
「そんな好き勝手で人の命を奪えるなんて……バラン・シュナイゼルは、まさに外道の極みですわね」
悪人同士の腹の探り合いに巻き込まれたドランガロの民たちがかわいそうだ。
愛する自国のことで、サトリナも怒りに燃えていた。
「結局バランは、ドランガロの戦車を破壊させるために、私たちにあの手紙を送った……ということか」
わざとグワンバンの企みを失敗させて、俺たちを生き残らせる。……あるいは、俺たちを始末しろとバラン自身が命じた可能性もある。
そしてまんまと策にハマって、俺はイルガに戦車を破壊させてしまった。
「飛空艇の修理を半端に終わらせていたのもこのためだったんでしょう。魔法石がなければドランガロに来るしかない、と知っていたんでしょうね」
結局何から何まであいつの手のひらの上ということか。
忌々しいにも程がある。
「もう一つ疑問なのはマティルノさんの扱いですね。なぜ、彼女一人をドランガロによこしたんでしょうか」
「何か問題あるか?」
ミリアルドのもう一つの問いにローガが聞く。
「彼女の敗北を考えていなかったのか、と思ったんです。こうして無力化されたり、洗脳が解けたりしたら単純に戦力が一人いなくなるわけですし」
「考えなしだった……とは、今更考えられませんわね」
サトリナの言うとおりだ。
もはや俺たちは、バランの行動のいちいちに何かしらの理由があるはずだと考えるようになってしまっていた。
「……マーティも、同じなのかもしれない」
「同じ?」
「ああ。必要がなくなった、というやつだ」
聞き返すミリアルドへと、俺は自身の考えを告げる。
「マーティにもきっと、何かの役割があったんだ。でももうその必要もなくなった。だから、たった一人で私たちを襲わせた。始末できればよし、できず、帰ってこずとももはや問題ない。……たぶん、そういうことだと思う」
人の親友を勝手に改造し、冷たい射手としておいて、必要がなくなったからと捨てる……。
とてもじゃないが、許しておくことなど出来ない。
今すぐにでも奴の居場所を探り、この手で斬り裂いてやりたい気持ちだ。
「バランめ……!」
これだけ人を憎いと思ったことはない。
魔王ディオソール相手でさえも、ここまで強い憎悪は持ってはいなかった。
奴は……魔王以上に下衆な存在だ。
この世界のどこかでのうのうと生きていることを腹立たしく思う。




