第百三十四話 凄惨
「……っ」
終わった。勝った。――いや、これは果たして、勝利などと言えるのか。
親友を傷つけた。ほとんど全力に近い一撃を放ち、叩き込んだ。
一歩間違えば死んでいる。バランによる改造が――皮肉にも、マーティを救ったのだ。
倒れたマーティの横に、俺もへたりこんだ。
左腕が動かない。今まで感じたことのないほどの痛みだ。痛すぎて――気を失うことさえ出来やしない。
「……街は……」
気付くと、街は静かになっていた。
戦車が大砲を撃つ音も、人々が逃げ惑う声も、なにもない。
なぜだかそれが酷く恐ろしく思えた。まるで世界に誰もいなくなったかのような恐怖――そんな錯覚。
「マーティ……」
気を失い、死んだように眠るその姿は、以前のマーティと何ら変わりない。
先の闘いがウソのようだ。
だが……その身に刻まれた無数の切り傷が、それを否定する。
俺は……俺たちは、戦ったのだ。互いに、命を賭けて。
殺すかもしれなかった。殺されるかもしれなかった。
親友同士の……私達が。
「クロームさん……」
少年の声。ゆっくりと振り向くと、ミリアルドが歩み寄ってきていた。
力なく座る俺の隣に横たわるマーティを見て、驚きと悲しみが混ざった表情を見せる。
「本当に……マティルノさん、なんですね……」
「ああ。……治療を頼む」
「はい」
ミリアルドがマーティに触れ、治癒術をかけ始める。
俺の方もかなりの痛手だが、マーティが優先だ。俺のケガはいつでも治せる。
「街のみなさんはすべて砦に避難しています。ケガ人は多少いましたが、亡くなった方はいません」
治癒しながらミリアルドが言う。
いきなりの事態だったが、なんとか無事に済んだということだ。
ただ……あくまでも人間だけの話だ。グワンバンの屋敷を狙った砲撃の余波で、家々が破壊されてしまっている。
「酷い有様だな」
続いてイルガがやってきた。戦いの音が聞こえなくなっていたが、やはり終わっていたようだ。
「戦車は?」
「全部破壊した。少々骨が折れたがな」
「それなら私も同じだ。……文字通り」
訝しげに俺の姿を見る。
だらりと下がった左腕を見て、どういうことかを察したのだろう、呆れたようにため息をついた。
「ミリアルド。サトリナは砦にいるのか?」
イルガが尋ねる。
「はい。町民のケガを治療してもらっています。そこまで多くもなかったので、そろそろ終わっている頃だと思います」
「そうか。……待ってろ、クローム。今連れてくる」
「ああ、すまない」
サトリナも治癒術が使える人間だ。町民優先だと考えていたが、終わっているのなら俺のケガも治してもらいたい。
砦の方に歩き去っていくイルガの背を追い、俺は感謝の念を覚えた。
まったく……助けられてもらってばかりだ。
「マーティさんは正気に戻ったんですか?」
ミリアルドの尋ねる声に、俺は首を横に振る。
「気絶させただけだ。……恐らく、まだだろうな」
「そうですか……。なら、かわいそうですけど拘束しておいた方がいいですね」
ミリアルドの言うとおりだ。このまま目覚めて、まだマーティではなくファルケのままだったら、同じことを繰り返すことになる。
こんな想いは二度としたくない。それだけはごめんだ。
数こそ膨大だが、一つ一つはさほど深くもない切り傷は、ミリアルドの術ですでに治りつつある。傷跡も残らないだろう。
「よし。……じゃあ、彼女は僕の術で拘束しておきます」
「悪い、頼むよ」
治療を終えた後、ミリアルドは横たわるマーティの身体をまっすぐにし、光の輪で腕と肩とを縛り上げた。
本当の縄だと、怪力で破られる可能性もある。神霊術の方が安心だろう。
「あんまり……いい気分じゃありませんね。知り合いを縛り付けるというのは……」
「ああ。私も心苦しいが……仕方ないな」
惨劇を二度と引き起こさないための措置だ。洗脳が解けてさえいれば問題はないのだが……。
「あ、サトリナさんたちが来ましたよ」
俺の背後に視線を向けてミリアルドは言う。
振り向くと、ローガとイルガもいっしょに連れてサトリナがやってきていた。
「聞いてはいましたが……本当に酷いですわね」
俺のケガを見てのことだろう。
身体中に矢傷があり、左肩の骨が折られている。まあ、少なくとも浅くはない。
「治癒術だけじゃあ治りませんわよ、これ」
「応急処置だけでも頼むよ」
治癒術はあくまでも治癒能力を高めるだけの術。すべての傷を瞬く間に治せるような治癒術など存在しない。
とは言え、軽いケガなら治せてしまうのだから便利なものだ。完治できずとも痛みが引くだけでもいい。
サトリナは俺の左肩に触れる。
「つっ……」
そんな小さな刺激だけで激痛が走った。どういう状態なのか、自分でもわからない。
「とりあえず痛み止め程度にしておきますわ。お医者様に診てもらって、時間をかけて治さないと、後遺症が残りそうですし」
「剣士の腕が上がらなくなった、なんて笑い話にもなりゃしねえからな」
茶化すようにローガが言うが、そんなことになったら本当にまずい。
ここは無理せず、医者に任せたほうがいいだろう。
左肩の痛みが引いたところで腕、足の矢傷へ移る。
全身穴だらけだ。
「それより、こんな地べたで話し込んでいていいのか?……そっちで寝転がってる奴も含めてな」
イルガが言う。
確かにずっと外にいるわけにもいかない。だが、俺たちの居場所などあるのだろうか。
ただでさえ街は破壊されていて、避難している人たちの中には帰る家がないという人もいるだろう。
怪我人だって少なくない。それらの人たちがまずは最優先だ。となれば、俺たちが居座れる場所は限られてくる。




