第百三十三話 終結
ファルケは素手のまま距離を詰めてくる。弓は俺の背後にある。ならば。
迫るファルケから視線を逸らさぬままに後退。落ちた弓を拾い上げようとし――
「うっ……」
その重さに、愕然とした。持ち上げらないほどではないが、弓としては重すぎだ。
見ると、弓だけではなく細い弦までが光沢を放っていた。そのすべてが鉄で出来た弓矢――これを、ファルケは片手で振るっていたというのか。
無理だ。拾うのは止め、俺はそれを足で踏みつけたまま迫るファルケと対峙した。
銀色の左腕が振るわれる。姿勢を低くし回避、反撃に剣を薙ぐ。
背後に跳んで回避。着地した瞬間に地を蹴って瞬時に接近、再び左の拳を握り込んだ。
弓を踏む足を軸に回転、受け流してファルケの背に。その間に魔力を剣。解放する。
「――『火炎斬り』!」
燃える刃。ファルケも即座に反応し、それを左腕で受け止めた。
「っ……!?」
不可解な手応え。その動揺に付け込まれ、後ろ回転蹴りをまともに食らってしまう。
吹き飛ばされ、その隙に弓を拾われた。
受け身を取って即座に立ち上がる。剣を構えてファルケを注視しつつも、俺は今の感触のことを考えていた。
俺は初めて見た時から、ファルケの左腕を腕鎧だと思っていた。弓の引き手をガードする装備――そう考えれば何もおかしくはないからだ。
だが、今剣を受け止められて、その感触は鎧を纏った腕のものとは明らかに違っていた。
どんな強靭な鎧とは言え、身にまとうという性質上中身は空洞だ。肉体が押し込められた鎧を叩く感触はよく知っている。
だが、今感じたあの左腕――それは、まるで太い鉄棒を叩いたそれと酷似していた。
中身まで、すべてが鉄で詰まったものを叩いた反動――だが、それではあの左腕は……。
「まさか……」
振るうには重たすぎる弓。人外の腕力。人の身では出せない威力を放つ兵器を、自分はごく最近この目で見た。
あの左腕も、そうなのだとすれば。
「お前……その腕、魔機なのか……?」
「…………」
ファルケが答えないことはわかっていた。だが、今までに知った事実がそれを正しいと主張している。
魔機の腕。本来の腕を失くした身体へ取り付けた、鉄の義手――それが、あの左腕の正体か。
「……っ」
バランに対する怒りが湧き上がり、体内を立ち昇る。
奴は事もあろうに、俺の親友の身体を改造したのだ。洗脳し、私兵に仕立て上げただけでなく……!
ファルケがいつの間にか拾っていた矢を弓に番えた。
記憶、精神、身体――マーティの身体に、バランがどれだけの手を加えたのか、もはやわからない。
だが、彼女を救いたいと思う気持ちはさらに高まった。――必ず、絶対に。
「行くぞ……! マーティ……!」
俺は剣に魔力を送る。――強く、限界まで。
迷いがあった。彼女を傷つけたくないという躊躇があった。
だが、今のマーティの体のことを思うと、一刻も速く解放させたいという気持ちが強まってくる。
こちらの身体の限界も近い。足の傷が開きかけている。
だから、これで決める。
ファルケが矢を放つ。その螺旋の風纏う矢を紙一重で避け、俺は接近する。
第二射。火炎の尾を引く矢は、一見見当違いの方向へと射られ、しかしそこに刺さる矢に反射して走る俺の背後から迫った。
身をかがめ、体勢を低く。同時に地を蹴って低空を跳躍した。
着地。懐へと潜り込む。柄を両手で握りしめる。大地を踏みしめ、腰溜めに剣を構えた。
ファルケは即座に弓を振るう。しなる鉄の棒が俺の左肩にめり込んだ。肩に伝わる衝撃――骨が砕ける音が聞こえた気がした。
だが、怒りに染まる俺にはもはや、その痛みさえも届かない。
すべてを無視し、魔力を全開放する。
「全てを、切り裂け!――『真空伐砕刃!』」
剣閃。その剣筋はわずかにファルケには届かない。が――その一振りが生んだ真空波が尽くを飲み込む烈風となり、ファルケの身体に叩きつけられる。
それはまさに鎌鼬の雨。触れるもの全てを斬り裂く風刃を受け止めて、ファルケが纏うすべてを散り散りに吹き飛ばした。
纏う外套、その下に着る軽装の鎧を細切れにし――そして、その肌に無数の赤い一文字を刻み込む。
「……っ!」
ファルケの瞳が驚愕に見開かれた。ようやく見せた人間らしい感情――だが、まだ終わらない。
俺はすぐに剣を捨て、膝から崩折れるファルケの頭部を鷲掴みにした。
「ごめん、マーティ。……ちょっとだけ我慢してくれ」
未だ得意ではないが――だからこそ、融通が効く。
剣に頼らない魔術。微弱な魔力を使って、俺はファルケの頭部にわずかな雷撃を放った。
ビクン、とファルケの身体が痙攣する。脳にダメージが行き、鼻血をつつと流しながら、傷だらけの身体が地面に倒れた。




