第百三十二話 応酬
「震え!『岩土烈斬』!」
剣に溜まった魔力をようやく開放する。地面に剣を突き刺し、振り抜きつつ放つ。削れた地面から数々の岩槍が生み出され、ファルケを襲う。
またもファルケは回避しようともしなかった。鋭い岩槍が身体中に突き刺さっていく。
「つっ……」
目を背けそうになる。ダメだ、戦え。大丈夫だ――傷は治る。治せるんだ。
死にさえしなければ。俺も、マーティも、両方共生きていれば、まだ。
ファルケが再び後退していく。いつの間にか、その右手に矢を三本回収していた。
攻撃しながら、見えぬうちに拾っていたと言うのか。
だが、わずか三本だ。視線を外すな、意識を迷わせるな。避けられないことはない。
しかし、ファルケの行動は俺の想像の上を行っていた。
拾った三本の矢、それを一度に弓へと番える。まさか。
鋭く目線が刺さる。まさか、狙えるはずがない。
弦が絞られる。三つの鏃の先端が走る俺を追う。
そして、放たれた。
「――っ」
有り得ない三つの軌道。その三本すべてが俺へと迫ってくる。
一つは火炎。直線で俺に迫る。剣を振るって弾く。火の粉が頬を掠めていく。
もう一つは疾風。上方から風を操る魔術で軌道を変え、右側面から目を狙う。剣の柄でなんとか防ぐ。烈風の余波が腕の皮膚を鋭く裂く。
これで二つ。残る一つは――下か!
雷鳴走る紫電の矢が駆ける。地面に刺さる数々の矢、その身をわずかに掠らせることで軌道を操っている。
魔術の効果ではない。これは――奴の技術だ。
「ちぃっ!」
離れる。だが、それすら読んでいたかのように、足元に刺さる矢に弾かれるように軌道を真上に変える。
防ぐ――間に合わない。避ける――不可能。
雷電の矢が、右肩を抉って貫いていく。
視界が一瞬真っ白になる電撃の威力。だが――なんとか直撃は避けた。
痛みの走る足で踏ん張り、立つ。剣に魔力を送り、反撃に備える。
再び矢を失ったファルケはまたも走り寄ってくる。また接近戦ということだ。
「ふぅ――……っ」
長く息をつく。焦りと、緊張をすべて吐き出す。
落ち着け。大丈夫――強いが、決して勝てない相手ではない。驚異的な力の差があるわけではない。
至近距離。上段からの弓による打撃。受け止める。重い――が、逆にそれを利用する。
受け止めた体勢のまま、切っ先を下に下げる。重く力の込められた弓は刃の上を滑り落ちていく。
流したところを返す刃で攻撃した。
「唸れ!『雷光烈斬』!」
お返しのような雷撃。後退されて避けられたが、それも計画の内だ。
すぐに追う。剣を振るう。防御のために弓を構える。
鉄同士がぶつかり合い、火花が散った。
「っ……!」
余裕そうな――いや、何の色も見えない顔で、ファルケは俺を見る。
技を破ろうと四苦八苦しているこっちが馬鹿のようだ。
だが、馬鹿で結構。どんなに汚れても、マーティを救ってみせる。
剣と弓とで押し合いながら、ファルケは鋭い蹴りを放ってくる。左腕で防ぎ、俺も足払いを狙う。
が、ファルケは跳躍してそれを避けた。そのまま空中で足を突き出し、胸を打つ。
衝撃に後ずさるが、意地でも剣は離さない。無理に姿勢を直し、着地に合わせてファルケの目の前に手を突き出した。
腕に魔力を集中させ――具現せず、開放する。
「『フルバースト』ッ!」
純粋な魔力の爆発。かつては放ってしまえば体内の魔素が尽きてしまう技も、今ならば多少の消費で抑えられる。
さすがのファルケも身体をのけぞらせた。威力は据え置き――多少鍛えていたところで、気を失うはずだ。
だが、ファルケはまったく堪えた様子も見せず、ただ目線をじっと突き刺してきていた。
耐えられた。
「っ!?」
そう思うのも束の間、ファルケは身を捻り、地面を蹴って空中で大きく回転した。
押し負けまいと剣を強く握り込んでいたのが災いし、その動きに引っ張られて地面へと倒された。ファルケはすでに弓を手放している。
武器を破壊せねばという執着が招いた結果がこれだ。
さらにそのまま、空中からファルケが俺の背に落ちてくる。体重ののしかかる圧力に肺が潰れ、意図しないうめき声が漏れた。
起き上がろうとしたところを、顔を抑えつけられて阻害される。
土の味が口の中に広がる。抑えているのは――左手の方か。冷たい鉄の感触を頭皮が感じている。
「ぐ……っ」
凄まじい力だ。これは、本当に人間の持つことが可能な力なのか。
ともすれば頭蓋を砕かれそうな握力。このままでは……!
幸い、俺はまだ剣を握っていた。ならば。
「『土石斬り』……!」
切っ先をわずかに地面に沈め、魔剣術を放つ。
魔力は大地を伝わり、土を隆起させファルケごと俺の身体を宙へ跳ね飛ばす。
空中で立て直し、着地。ファルケも難なく。
これで仕切り直しだ。




