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第百三十一話 迷い

 身構える。途端、矢が飛来する。が――それは俺の足元へと突き刺さった。

「……!?」

 外した? まさか――その一瞬の逡巡が、失敗だった。

 瞬間、矢が突き刺さった地面が爆発した。めくれ上がった土塊と石が俺を打つ。

「くっ……」

 それ自体のダメージはほとんどない――だが、数秒、視界が塞がった。

 そして、ファルケにはそれで充分だった。

 風切り音。避けないと。頭では分かっていた。しかし。

「っ……!」

 ここに来て足に痛みが走る。硬直は一瞬、だが、長すぎる。

 砂煙を突き破り、鉄の矢が腹のど真ん中に突き刺さった。熱――それだけに収まらない。

「ぅぐっ……」

 雷に打たれたような衝撃――いや、事実、体中に雷撃が流されたのだ。

 先ほどグワンバンを焼き払ったのと同じ魔術の矢。これがその威力か……っ。

 膝を着く。ダメだ、止まっては――死ぬ。

 とにかく動こうと、腹の矢を引き抜いてから敢えて地面に倒れた。瞬間、頭の上を矢が通過する。

 そのまま数度転がる。続いて矢が地面に突き刺さっていく。

 仰向けになったところで跳ね起きた。振り返りつつ、剣に魔力を注ぐ。


はしれ!『烈風烈衝ガスティー・クラッシュ』!」

 すべてを斬り裂く疾風の斬撃波。

 俺目掛けて飛翔していた矢を吹き飛ばし、さらにファルケ自身に襲いかかる。

 どう避ける?――だが、どう避けても同じだ。俺はすぐに次の魔剣術の準備をしていた。

 避けた先にさらに一撃を放つ。それで無力化する。

 烈風が迫る。しかしファルケは――動かなかった。

「な……っ!」

 直撃。風の刃がファルケの体中を斬り裂いて通過する。

 外套が斬られる。素肌が裂かれる。血が流れていく。

 己が放った術でマーティが傷つく姿に、俺は慄いて――そして、それが失敗だったとすぐに気付いた。

 すでに矢は番えられている。それをまっすぐ俺に向け、ファルケは放つ。

 避けるべく、跳ねるように右に跳んだ。だが避け切れない。左腕に矢が突き刺さった。

 同時、矢が燃え上がる。

 肉を焼く炎熱に、俺は顔をしかめた。

「づっ……」

 咄嗟に引き抜いて、身体全体の燃焼を防ぐ。幸か不幸か、傷口が焼けたおかげで血はほとんど流れなかった。

 ファルケは攻撃の手を休めない。準備していた二発目の魔力が、長く剣の中でくすぶっている。

 いつ放つべきか。――いや、タイミングの問題ではない。先の一撃で傷つく姿を見て、俺は恐れていた。

 もしも次の一撃さえも避けないのならば――あるいは、マーティを殺してしまうのではないのかと。

 これを狙って敢えて棒立ちになったのならば、このファルケは――とてつもなく恐ろしい。

 俺が遠慮しているといつ見抜いた。それとも、バランの指示か。


「クソ……ッ」

 躊躇してどうする。自分を叱咤しても、覚悟しきれない。

 永遠にお別れだと思っていたマーティが生きていた。それだけで奇跡のようなことなのに――俺たちはなぜ、こうして戦っている。

 絶え間なく射られる矢を避けながら、俺は考える。

 二人で狩りをしていた頃は、こんなことになるなんて考えたことがなかった。

 例え世界中が敵になっても、私たちだけは友達だ――そんな風に語ったこともあった。

 馬鹿みたいだと笑いあった。でも、万が一にでもそんなことが起きても、きっとそうだろうと思っていた。

 だというのに……。

 矢の雨が止まる。気付いて、俺は立ち止まった。

 ファルケは冷たい視線だけを俺に向けていた。矢が尽きたのだ。

 好機――そうだろうか? 俺にはそうは思えなかった。

 射手は矢がなければ何も出来ない。そのはずなのに。

 ファルケは右手の弓を左手に持ち替えて駆け出した。

 接近戦。ならば迎え討つ。

 眼前、横薙ぎの一撃を屈んで避ける。同時に足払い。が、跳んで避けられた。

 そのまま俺の頭上を越して背後、後ろ蹴り。

 両腕を交差して防ぐ。後退るほどに重い――が、耐えられない威力じゃない。

 反撃――覚悟を決めろ。やらねば、やられる。

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