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第百三十話 始まる哀闘

「ッ!?」

 逃げた方がいい。直感が俺にそう告げる。

 グワンバンから離れ、飛び退いた。

「世界を支配した暁には、セントジオは私のものだと――ぁ」

 瞬間。

 狼狽するグワンバンの頭部に、一筋の閃光が突き刺さった。

 一瞬前まで慌てふためいていたグワンバンの身体が硬直する。脱力し、地面へと倒れる。

 こめかみには……鉄の矢が突き刺さっていた。

「……っ!」

 足音が歩み寄る。

 ゆっくりと、それは現れた。黒い外套を風に揺らし、鈍く光る銀色の左腕に、弓を携えて。


「マーティ……」

 名を呼ばれ――否、俺の声を聞いて、マーティはその冷たい目を向ける。

「あれが……?」

 背後でローガが呟く。俺以外の人間が、あの姿を見るのは初めてだ。

 マーティは動かない。ただ黙って、感情の見えない瞳を俺に注ぐだけだ。

 いつもふざけて笑っていたマーティとは……まったく違う。

 だから俺は、敢えて尋ねた。

「お前は……誰だ?」

「…………」

 答えはない。

 代わりに、マーティの足元に転がっていたグワンバンの死骸が、突如として燃え上がった。

「っ!」

 今何かをしたか?……いや、マーティは動いていない。では……頭部に突き刺さっていた矢か?

 ……まさか、矢に魔力を? 魔弓、魔矢ということか。……マーティには、そんな芸当はできなかったはずだ。

「お前は……俺を、殺しに来たのか?」

 答えない。だがマーティは……いや、確かファルケと呼ばれていたこの女は、背負った矢筒から鉄の矢を一本、引き抜いた。

 ……それが答えだ。

 

「ローガ。どこかへ避難していろ」

 背後にいるローガへと告げる。

「何言ってんだ! 俺も――ぅえ」

「その状態じゃ戦えないだろ。……それに、これは私と彼女の問題だ」

 幻影の匂いのせいで、ローガの体調は絶不調だ。だからこそ、グワンバンをひっ捕らえたままどこかに避難してもらおうと思っていたのだが……そのグワンバンは殺された。

 なら、一人で逃げてもらうしかない。

「早く行け!」

「……っ、くそっ、死ぬんじゃねえぞ!」

 ばたばたと走り去っていく。

 死ぬ気などない。死ぬ前に……マーティを正気に戻す必要があるからな。

 視線をマーティ――ファルケに戻す。矢を弓に番え、いつでも俺を狙い射てる状態になっていた。

「遠慮なく行かせてもらうよ、マーティ」

 俺も、ゆっくりと腰から剣を引き抜いた。

 睨む。その冷たい瞳を、見つめ返す。

 そして、地面を蹴った。

「はああああああああっ!」

 魔力を送る。まずは一撃、先手必勝!

「『電光斬りライトニング・スラッシュ』!」

 稲光走る斬撃。マーティファルケは地を蹴ってステップ。難なく回避した。

 目で追う。矢から指が離れるのが見えた。鉄の一閃。

 顔をそらすと、頬をかすって背後へ飛んでいった。避けなければ終わっていた。

 

「容赦ないな……!」

 ファルケは次の矢に手を伸ばす。だが、させるはずがない。

「『電光石火ライトニング・ソニック』!」

 雷鳴が走る。ファルケもさすがに矢を番えるのを中断し、回避した。

 その隙に接近、剣を振るった。

「はっ!」

 それをファルケは、左手に持ち替えた弓で受け止めた。鈍い金属音――鉄製か。

 一度剣を引き、反対側から切り上げる。状態を反らして回避されたところを突く。

 が、それも屈んで避けられた。さらに手にしていた弓で、俺の腹を打った。

「ぐっ……」

 さすが鉄弓。それ自体が強力な打撃武器になる。

 よろめき、後ずさった俺へと追撃をかける。だが、今度は剣でそれを受け止めた。

「ぐ……!?」

 重い。抑えきれない。押し切られる。たまらず後退した。

 なんて力だ。かつてのマーティにこんな腕力などなかった。

 ただの洗脳だけではない。恐らくかなりの戦闘訓練を積んだのだ。

 でなければ、力負けなど有り得ない。


「ちっ……」

 わかってはいたことだが、こちらも手加減など出来そうにない。多少の怪我では済ますことなど出来まい。

 ミリアルドの治癒術に期待して……致命傷手前までぐらいは、覚悟するしかないか。

 すぐ治療するとは言え、親友にそんな怪我を負わせることは後ろめたい。

 ごめん、マーティ……。内心で謝りつつ、剣に魔力を注ぎ込む。

 ファルケは再度右手に弓を持ち、矢を番えた。

 哀しき――戦いの始まりだ。

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