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第百二十九話 砲撃

「っ!?」

 刹那、寝室の壁が吹き飛んだ。割れたガラスと折れた材木が降りかかってくる。

「おいおい、なんだよ!?」

 見通しの良くなりすぎた大穴から、外の様子を窺い知る。

 すると外には、こちらに一斉に砲口を向けた戦車が数台、横並びになっていた。

 

「グワンバン・リガロ! よくもこんな強行を!」

「ち、違う! 私は何も――」

 慌て、焦った表情でグワンバンが叫ぶ。だが、すべてを吐き出す前にその声は第二射の轟音にかき消される。

 さらに屋敷が削り取られる。このままでは、崩れた家に潰される。

「ゔっ……!」

 突然ローガがうずくまった。まさか。

「どうしたローガ! どこがやられた!?」

 さっきの破片が突き刺さりでもしたのかと俺は駆け寄った。だが、ローガはどこかの傷口ではなく、鼻を必死に抑えていた。

「く、臭え……! なんだ、この匂い……!」

「匂い?」

「腐った汚物をゲロと煮込んだみてえな……ああ、とにかくやべえ匂いだ……!」

 想像し難いが、嗅覚の強いイグラ族には厳しい匂いなのだろう。

 だが、一体その匂いはどこから……?


「みなさん、とにかく脱出です!」

 ミリアルドが叫ぶ。だが、第三射がさらに屋敷を破壊して、階下に降りる階段をすべて吹き飛ばしてしまった。

 これでは……!

 もはや屋敷は限界だ。第四射が発射されれば、もろともに地に沈むだろう。

 どうするべきかと思考を巡らす。だが、案が浮かぶ前に、戦車が開けた大穴とは逆の方から、壁が崩れる音がした。

「ローガ! 他のサトリナとミリアルドを抱えて飛び降りろ!」

 イルガが自身の炎で壁を破壊したのだ。

 イルガは抑えていたグワンバンを肩に担いでいて、さらに俺の腰に手を回して同じように担ぎ上げた。

「イルガ!?」

「己れとローガならばこの程度の高さは耐えられる! 飛び降りるぞ!」

「くそッ、わっーたよくっせえなんにゃろう!」

 自身にしか感じ取れない匂いに苦しみながらも、言うとおりにローガもサトリナとミリアルドを抱え上げる。

 イグラ族もティガ族も、他の人間より強靭な身体を持つ人種だ。三階程度の高さならば充分飛び降りられる。

 二人はイルガが開けた穴から飛び降り、何事もなく着地する。崩壊しつつある屋敷が盾となり、しばらくは安全だろう。

 俺はイルガの肩から降りると、地面に転がされたグワンバンに掴みかかった。

 

「グワンバン、やめさせろ! あれはお前の部下だろう!」

「し、知らん! わわ、私は、戦車に乗れなんて命令していない!」

「なに……?」

 考えてみれば、今はグワンバン自身も命の危機に陥っている。いくら間抜けなこの男でも、そんな危険な命令を下しはすまい。

 屋敷だけではない。真夜中の砲撃で、ドランガロに住む人々も戸惑い、恐怖していた。

 寝間着のままで家を出、逃げ惑っている。混乱の極みだ。今はまだ戦車の砲口はこちらを向いているが……。

「だいたい、戦車に乗るのは国防軍の兵士たちだ! 私直近の部下じゃない! こちらの勝手で命令など出来んのだ!」

 腰を抜かしたか、倒れたまま足をガクガクと揺らしながら、不格好に叫ぶ。

 グワンバンが預かっているとは言え、表向きはあくまでもセントジオ国防軍の所有物。対魔物の場合はまだしも、こんな私用で動かせるものではない。グワンバンはそう語る。

 なら、誰があれを。――いや、そんなやつ、一人しかいない。

「バラン・シュナイゼルか……!」

「まさか……幻影で?」

 ミリアルドの予想通りだろう。恐らくはバランが、ミリアルドの偽物を作った例の術で国防軍の兵士の幻影を作り上げたのだろう。

 偽物のミリアルドは本物の持つすべての記憶を持っていたようだった。兵士の幻影を作れば、戦車の操作法も熟知済みだということだ。

「もしかしてこの匂い、その幻影の匂いか? キツくて微妙に曖昧だが、あの戦車とおんなじ数だぜ……ゔぇっ」

 鼻を抑えながらローガが言う。どれだけのものかはわからないが、涙目になっているあたり相当なのだろう。

「なるほど、神獣鏡なんてなくても、お前の鼻で判別できるわけか」

「偽物の僕と対峙した時、ローガさんはいませんでしたからね。わかりませんでした」

 今回神獣鏡は持ってきていなかったが、おかげでいい経験が出来た。

 

「呑気に話している場合か! この場をどう切り抜けるつもりだ!」

 イルガが怒号を放つ。あの後も続けられた砲撃で、屋敷はもはやその半分以上が吹き飛ばされてしまった。盾とするのも限界だろう。

 だが、あの戦車に乗っているのが幻影だと言うのなら、容赦する必要はない。

「イルガ! 飛竜になってあの戦車を破壊してくれ。出来るな?」

「戦車を?……簡単に言ってくれるな、まったく!」

 悪態をつきながらも、イルガの表情はどこか嬉しそうだった。

 出来ないはずはない、とその顔が告げている。

 イルガはすぐさまその身を竜に変え、崩落する屋敷を飛び越して戦車へと向かった。

 砲撃と唸り声が交差する。


「サトリナとミリアルドは街の人達を誘導して、どこか安全な場所に避難させてくれ!」

「はい!」

「あの外壁は砦にもなっています。そこならば安全ですわ!」

 二人とも走り出し、惑う民衆たちに声をかけて先導し始める。国王の妹君と教団のトップの二人ならば、街の人々も従ってくれるだろう。

 後は……。

「ローガ、お前はグワンバンを連れて――」

 そう指示しようとした時。

 身体を起こすこともままならなかったグワンバンが、いつの間にか立ち上がって一目散に駆け出していた。

「逃げやがった!」

「ちぃっ」

 追う。

 運動不足でどたどたとしか走れないグワンバンに追いつくことは難しくない。

 飛びかかり、背中から組み付いた。

「大人しくしろ……! 砲撃に巻き込まれて死にたいのか!」

「ば、バラン様! これはどういうことですか! このドランガロには手を出さないとおっしゃれたではないですか!?」

 抜け出そうともがきながら、そんなことを言った直後――猛烈な悪寒が俺の背筋に走った。


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