第百二十八話 夜襲
その後、夕食を振る舞われた俺たちは、食べる前に解毒の神霊術をミリアルドにかけてもらうことで毒対策をし、全員無事に就寝の時間となった。
男女に分かれてベッドに潜り、眠りにつく。
そして、みんなが寝静まった、真夜中――。
突如、部屋の扉がけたたましい音とともに開かれた。
ガチャガチャと金属同士が擦れ合う音が俺を囲む。
目を開けて身体を起こすと、喉元に剣の刃が突きつけられた。
「大人しくしてもらいましょうか」
暗がりの中、その声は明らかに先ほど散々聞いたグワンバンのもの。
闇に目が慣れてきて、俺に剣を突きつけるものの姿も視認できるようになる。
無精髭を生やした野太い男だ。着ているのはセントジオ国防軍の鎧だが――剣が違う。
恐らくは鎧を着せて偽装した、雇われの傭兵か何かだろう。
さらにグワンバンの横に護衛のように二人を携えている。
「何のつもりだ」
「あなた方を始末しろと命ぜられているのですよ。恨みはありませんが、死んでもらいます」
「誰に命令されている?」
「言う必要はありませんよ。――やれ」
グワンバンの命に従い、男が剣を振り上げた。――その瞬間。
「――馬鹿め」
いずこからより飛来した光球が鎧を貫通し、男の脇腹に沈み込んだ。
「な……!」
グワンバンが驚きに目を見開く。その一瞬の隙に俺も立ち上がり、跪いた男を蹴り飛ばしていた。
さらにその次には隣室への扉が蹴破られ、片腕に伸びた人間を担いだローガが突入してくる。
「そぅら!」
片腕で抱えた人間を放り投げ、護衛ごとグワンバンを吹き飛ばす。
そしてすぐさま隣のベッドからイルガが飛び起き、倒れたグワンバンへと飛びかかり腕を背中側に回して締め上げた。
拘束完了だ。
「こっちも終わったぜぇ」
ローガも残る傭兵たちを全員縛り上げ、部屋の隅へと転がしていた。これでこちらの完全勝利だ。
「ば、馬鹿な……」
グワンバンがイルガに抑えつけられたまま唸る。
しかし、それはこちらの台詞だ。見え見えの罠で引き寄せておいて、馬鹿なも何も。
「うまく行きましたね」
ベッドの下から這い出てきたミリアルドが言う。
先ほどの光弾を放ったのが、このベッドの下に隠れていたミリアルドだ。男部屋の方には丸めたコートを寝かせておいた。サトリナに借りたコートの金毛が役に立った。
……そもそも、こんな古典的な手法に引っかかるとは思わなかったが。
サトリナもベッドから起き上がる。一人役割がなかったせいか、微妙に不機嫌そうだ。
「さて、グワンバン・リガロ。聞きたいことは一つだけだ。安心しろ、命までは取らない」
何の目的でバランと協力しているかは知らないが、こんな人間でもこの地の領主。いなくなれば様々な不都合が起きるだろう。
とりあえず白状させて、後は大人しくしてもらう。
「ぐ……」
「暴れるな。抵抗しようとすれば腕を折る」
脅しとばかりに、イルガは腕を締める力を強める。グワンバンが苦悶の表情に喘いだ。
さすがにかわいそうで、そうなる前に終わらせてやろうとさっさと質問することにした。
「バランはどこにいる?」
「……話すと思うかね」
なるほど、それなりの信頼関係にはあるようだ。金や脅迫で従っているわけではないと見える。
しかし、わかりきっていたことではあるが、バランが首謀者であることは確定した。
グワンバンもそれ自体を隠すつもりはなかったのだろう。
「もはや勝機はこちらにある。奴に従う理由はなんだ」
「下々の民にはわからんよ。バラン様の崇高な目的はな」
「……下々ですって」
王族であるサトリナが呆れ顔で言う。せいぜい一領主でしかないグワンバンが、やけに大きく出たものだ。
「素直に話してはくれないようですね」
ため息をつきつつミリアルドが嘆く。
「指を一本ずつ折っていってやろうか。いつ弱音を吐くか、見ものだな」
「やめろ、イルガ」
恐らく半ば本気だったのだろう、イルガは実際に手に取っていたグワンバンの指を解放した。
拷問は趣味じゃない。暴力で従わせても意味はない。いずれしっぺ返しを喰らうだけだ。
「仕方ありませんね。グワンバン殿には見張りをつけて、残る人でドランガロ中を――」
地道に手がかりを探そうと、ミリアルドがそう言おうとした、その時。
屋敷の外で、爆音が轟いた。




