第百二十七話 手紙の謎
「こればかりは殿下……いえ、例え国王陛下のお頼みと言えど聞くわけにはいきませぬ。どうか、ご容赦ください」
「……では、グワンバン殿」
一区切りがついたタイミングで、改めてミリアルドが切り込んだ。
「他に心当たりはありませんか? 今すぐとは言いませんが、近く手に入る宛があるなら、教えていただきたいのですが」
「宛、ですか……。ないわけではありませんがね」
もったいぶるように言う。ならば早く言え……とは強く思ったが、口には出さなかった。
「昨晩、掘削を頼んでいる者たちから、巨大な魔法石を見つけたとの報告があったのです。あるいはそれが、魔機砲クラスのものやもしれませんな」
「ならそれを譲ってください。急なことですし、金額に糸目はつけませんから」
「そのお言葉は魅力的ですが、二つ返事とは行きませんな。なにせ、まだ飛空艇を動かすに足るほどのものかわかりませぬ」
巨大という言葉は曖昧だ。大きかろうが純度が低い可能性もあるし、そもそも他と比べて大きくても、飛空艇や魔機砲ほどのものとは限らない。
「今彼らはそれをこのドランガロへと運んできています。どうでしょう、ミリアルド様、サトリナ殿下。明日には到着するはずですので、今晩は我が屋敷にお泊りしては」
直に自分たちの目で見極めろ、ということだ。
ミリアルドは一瞬考えるような素振りを見せた後……はい、と頷いた。
「お心遣い、ありがとうございます。では、一晩待たせてもらいます。……いいですよね、みなさん」
視線を後ろの俺たちへと向ける。
「ああ、大丈夫だ」
代表して俺が答える。
今夜はこの屋敷で寝泊まりし、明日の魔法石の到着を待つことに決定した。
「では、中へどうぞ。お部屋へ案内いたします」
グワンバンが屋敷の扉を開く。すると、屋敷に雇われているのだろうか、メイドたちが集い、俺たちを部屋へと案内してくれた。
さすがにセントジオガルズの王城ほどではないが、なかなかに広い部屋だ。
屋敷の三階、隣り合って繋がった二部屋に、俺を含めた女性組、ミリアルドとローガの男性組で分けられた。
「では、ごゆるりと」
「はい、ありがとうございます」
言い、グワンバンは去っていく。遠ざかる足音が聞こえなくなって、さらにしばらくした後に……俺たちは、顔を見合わせた。
「怪しすぎるわな、いくらなんでも」
ローガがぼやく。
「ええ。貴重な魔法石が明日届くかもしれない、なんて。そんな都合のいい話がありますか」
サトリナも苛立ちが一周して呆れに変わったか、ベッドに腰を下ろしてまたため息を着いていた。
「ということは……この手紙、やはり罠ということか」
俺はこの間送られてきた、グワンバンに気を付けろと書かれた手紙を手にしていた。
ドランガロに来てグワンバンと会ってから、俺たちの意識の片隅にはこの手紙の存在があった。
何かをしでかして来るのでは、と。はなから警戒しっぱなしだったのだ。
「夜に襲ってくるか、食事に毒でも盛るか……何にせよ、注意はしておく必要があるな」
腕組みをして壁によりかかり、イルガが言う。
グワンバンがああまで魔法石の譲渡をごね、さらにこれ見よがしに明日届くかも、と言ったのは、どう考えても俺たちを陥れるための罠だろう。
屋敷に招き入れ、そこで始末をつける……そんな安い考えが見え見えだ。
理由は知らないが、グワンバンはバランと結託し、俺たちを捕らえるか殺そうかとしている。
だが、わかり易すぎる罠に引っかかる奴はいない……全員が、あのグワンバンへの不信感を露わにする中一人、ミリアルドだけが考え込むような表情をしていた。
「どした、ミル坊?」
「……いえ。……手紙の内容が、不可解だなと」
「内容?」
尋ねるローガへ、ミリアルドは答える。他のみんなもその言葉に耳を傾けた。
「僕らを罠にかけるためにこの手紙を送ったとするなら……“グワンバンに気を付けろ”などと、わざわざ書くでしょうか?」
「……書かないでしょうね、普通は」
サトリナが答える。そう、書かないはずだ。普通は。
俺もそのことに関しては気になっていた。
『バランがドランガロに潜んでいる』――その一言だけで、俺たちを誘い出すには十分だ。
そこにグワンバンに気を付けろ、などと書いてあるものだから、俺たちはこうして警戒してしまっている。
何をしでかしてくるかは知らないが、ろくに成功することはないだろう。
「ならやはり、その手紙は本物なのか……?」
俺たちはこの手紙を罠だと断定してしまっている。だが、バランやドランガロに襲われた人間が、本当に決死の思いで送ってきたものだとすれば、この違和感は解消されるが……。
「なら、その方はどこへ? わたくしたちに助けを求めているというのなら、なぜ姿を表さないのでしょう?」
「もう死んでるって可能性はあるわな」
手紙を送ることには成功したが、その後見つかり、敢え無く殺害……仮に手紙が本物だったとしても、ローガの言うように送り主はすでに死んでいるのだろう。
「手紙の是非は関係ない。とにかくグワンバンの動向には気を付けておくだけだろう」
「イルガの言うとおりだな。みんな、気を抜くなよ」
いつ、どのタイミングで仕掛けてくるかはわからない。が、来るとわかっていれば突破も容易なはずだ。
油断せずにいればいい。それだけだ。




