第十二話 剣の威力
浅く眠り、明朝。無事に目覚めたあとは、ぐずるマーティを叩き起こして出発した。
旅立ちの日の朝はしっかり起きてきた癖に、なぜ旅の途中は寝起きが悪いのか……。
まだうつらうつらとしながら、おぼつかない足取りで歩くマーティを、引っ張るように歩く。
すると背後から数匹分の馬の足音が聞こえてきた。振り向くと、ロシュア方面から向かってくる旅人だった。三人いる。
ロシュアの人間じゃないことは一目見てわかった。
そしてそいつらは、俺達の隣で足を止めた。
「大丈夫? なんか辛そうだけど」
先頭にいる優男が言う。マーティのことを言っているのだろうか。
「こいつなら平気だ。ただ眠ってるだけだ」
「眠ってるって……おかしな子だね」
後ろにいるメガネをかけた男が言った。
「女の子二人で旅? 危険だよ?」
さらにその横の、長髪を束ねた男。
誰だか知らないが、知らなくてもわかる。
こいつらは俺たちが心配で声をかけたんじゃあない。
ただ、女を求めている助平野郎どもだ。
「この道ってことはノーテリアに行くんだろう? 俺たちもなんだけど、どう? 乗っていかない?」
「遠慮する」
即答し、歩き出す。
「いやいや、待ってよ」
馬をゆっくりと歩かせて着いてくる。……厄介な奴らに絡まれた。
男どもは馬を降り、二人が前に、一人が後ろにと俺たちを囲んだ。
「んぅ~」
マーティはまだお眠のようだ。放っておいて、ぐるりと周囲を見回した。
にこにこと貼り付いた笑顔が気色悪い。
下心が見え見えだ。
「ノーテリアまでまだまだ遠いよ。馬に乗れば、早ければ明日には到着できる」
「急ぐ旅じゃない、結構だ」
「またまたぁ。ほら、そんな怖い顔しないで、ね?」
優男が馴れ馴れしく、俺の肩に腕を回してきた。
慣れているのだろう、ごく自然に、円滑に、まるでつい勢い余ってと言わんばかりに、指が俺の胸に触れた。
「ごふっ」
――瞬間、裏拳が男の鼻を叩き潰していた。当然、俺の拳だ。
「なっ……!」
他二人が驚愕する声が聞こえる。
優男の鼻から、赤い血が無様に垂れ落ちた。
「薄汚い手で触れるな」
言い放ち、マーティを連れて行こうとしたが、残る二人に即座に前に回られた。
「て、てめえ……」
鼻を抑え、ぎろりと男は俺を睨む。
「いい面構えになったじゃないか、豚みたいでかわいいぞ?」
豚はいい。丸っこくて和むし、愛嬌もあるし、食べると美味い。こんな男どもよりよほど存在価値がある。
「謝っても許さねえぞ……!」
未だ鼻血の流れる鼻から手を放し、男は腰につけた剣を引き抜いた。合わせて、他の二人も弓と杖を。
剣士に、弓使いに魔術師か。
「身ぐるみ剥いでやるぜ……!」
どうやらこちらが本性のようだ。
女の旅人も珍しくはない。こうして声をかけ、追い剥ぎ行為に及んでいるのだろう。
「どったの~」
「なんでもない。ちょっと離れてろ、寝ててもいいぞ」
「あーい」
マーティはふらつきながら道の脇まで歩いていき、丸まってすやすや寝始める。
まあ、目が覚めるまでの暇つぶしにはちょうどいいだろう。
「貴様らは男の風上にも置けない。成敗してやるから、大人しくしてろ!」
「調子に乗るなよ、女ァっ!」
先生に貰った剣を抜き、正面の男と切り結んだ。
時間をかけるつもりはない。がら空きの足を払い、転んだ腹を踏み抜いた。
「ぐはっ」
すぐに背後、弓を引き絞る男へと駆ける。
矢が射られ、空気を切り裂いて飛翔する。だが、精度は低い。何もせずとも顔の横を通り抜けた。
「はっ!」
剣の腹で殴りつけるように、弓男の頭を強打する。地面に倒れ、そのまま昏倒したようだ。
「『ファイアーボール』!」
メガネをかけた魔術師の詠唱。言霊が魔素を魔術に変える。
魔術師を志す者が最初に覚え、かつ恐らく人生の最後までをともにする基本的な魔術だ。
だがそれはつまり、威力もそれ相応ということだ。
せっかくだ。先生から頂いた剣の力を試してみるか。
向かってくる火球に向けて、剣の片方、黒い刃を向け、振るった。
すると聞いていた通り、剣はファイアーボールをその一閃にて掻き消した。
「なにっ」
「驚いてる場合か?」
防御が終わればこちらの番だ。魔力を剣に集め、お返しのように炎を纏わせる。
「『火炎石火』!」
炎の斬撃が空中を疾走する。魔術師が持っていた杖を切断し、燃やした。
「ひぃっ」
魔剣術など見たこともないのだろう、魔術師の男は情けない叫び声を上げ、腰を抜かして地面に尻もちをついた。
炎のくすぶる杖の先端には、赤い宝石が付いていた。魔素の塊、魔石だ。
「魔石を使った上で、ファイアーボールがあの威力か。お前、才能ないぞ」
魔石は魔素を増幅する力がある。だから、魔石があれば少ない魔素の量で強い魔術を扱えるのだが、この男はその状態でさっきの威力。
あれなら、今の俺でも使える強さだ。
「命は取らない。だから、さっさと私達の前から消えろ、雑魚ども」
恐怖の表情で俺を見上げるへたれ男にそう告げる。
「は、はい……っ」
男たちはそれぞれ負傷した部分を抑え、いっそ清々しいほどの姿で尻尾を巻いて逃げ出した。
まったく……。旅出早々、あんな連中に絡まれるとはな。
魔物がいなくなっても、旅の危険がなくなったわけじゃない。
いや……魔物よりはよほどかわいいか、あの程度。
「さあ、そろそろ起きろ、マーティ」
「う~……」
脇で眠る相棒を呼ぶと、今度こそちゃんと目覚めたようで、伸びをしながらきちんと立ち上がった。
「はあ~。えっと……何が起きてたの?」
「何でもない。行こう」
「うん」
剣をしまい、俺たちはノーテリアへの旅路に戻った。
魔術を斬り裂く剣、シュヴァルツヴァイス。今回は相手も弱かったが、いずれはもっと役立ってくれるだろう。
最高の餞別をしてくれた先生に改めて感謝を送り、俺は一歩一歩、道を踏みしめた。




