第百二十六話 グワンバン・リガロ
「おっと、申し訳ありませんミリアルド様。私はこちらです」
声が聞こえてきたのは、戦車の演習が行われている庭の方から。
右手に煙を吹かす煙管を持ち、左手で杖付く壮年の男だ。
「グワンバン殿。お久しぶりです」
「いえいえ。最近のめざましいご活躍ぶり、聞き及んでおりますよ」
言って、グワンバンは髭を蓄えた口元をにやりと歪めた。
バランから教団を取り戻したという話は、このセントジオの地にも届いているようだ。
「して、今回は如何様で? 飛空艇の二号機でもお作りする気になられましたかな?」
「いえ、それはまだ。飛空艇絡みの話ではあるのですが」
ミリアルドとグワンバンが話すさまを、俺たちは遠巻きに見ていた。
さすがに以前からの関わり。ある程度親しい関係のようだ。
「実は、その飛空艇が破損してしまいまして。修理のほとんどは終わっているのですが、どうしても手に入らないものがあるので、お伺いしたんです」
「ほう、それはそれは。我らで手に入るものならばよろしいのですが」
「少々頼みにくいのですが……飛空艇を起動させる魔法石を、お譲りいただけないでしょうか」
ミリアルドがそう言うと、グワンバンは急に、その表情を硬くした。
煙管を咥えて一息に吸い、紫煙を吐きながら芝居がかったように大仰に、悲しげな目で肩をすくめてみせる。
「申し訳ありませんが、ミリアルド様。それは……難しいですな」
「ここドランガロは、セントジオで一番多くの魔法石が集う場所です。多少純度が低くてもいいんです。とにかく、飛空艇を動かせるだけの魔法石を――」
「よろしいですかな、ミリアルド様」
説明するミリアルドを遮って、ドランガロは怒りを露わにする。
「ミリアルド様はあの飛空艇に然程お詳しくないようですから仕方ありませんが……あの飛空艇を動かすほどの魔法石というのは、そうそう滅多に存在するものではないのですよ」
「それは……」
「飛空艇は我らが最高峰の技術者が作り上げたもの。そも、巨大な鉄の塊を空へ飛ばそうという事自体が無茶なのです。それを可能とするのが高純度で巨大な魔法石。それは容易に手に入るものではありませぬ」
まるで出来の悪い人間を叱るように、グワンバンはミリアルドを責め立てる。
「予算を度外視して作れと言われたものを、我らはその通りに作った次第。それが故障したとして、簡単に直せるとは思ってほしくはないですな」
「簡単にとは思っていません。ですから、僕が直接ここに――」
「少々、よろしくって?」
不毛な言い争いになりそうだったところへ、割り込んだ声。
眉をひそめ、いらだちを無理に抑えたような表情のサトリナだった。
そんな彼女を見て、グワンバンは目を見開いた。一拍遅れ、深々と頭を下げてみせる。
「これはこれは、サトリナ殿下。申し訳ありません、いらしたことに気付かず……」
「こちらも挨拶しませんでしたからお相子でしょう。それよりも、言いたいことがありますの」
挨拶をしなかったのはわざとだろうな、と思いつつ、俺は続く話に耳を傾けた。
「わたくしも飛空艇については詳しくはありませんが……とにかく、巨大で高純度な魔法石が入用なのですね?」
「ええ、そうでございます殿下。……申し上げておきますが、けして我らも嫌がらせをしているわけではないのです。ただ単に、それほどの魔法石を現在は所持していない、というだけなのですよ」
「それはわかっています。ただ……巨大で、高純度な魔法石というのなら……あそこに、あるのではなくって?」
言って、サトリナは街の中央にそびえる塔へ目を向けた。
そこにある巨大な魔機砲――なるほど、確かにあれだけの大きさの魔機ならば、巨大な魔法石が使われているかもしれない。
「前にお兄様から聞きましたの。“ドランガロの魔機砲には、他に類を見ない大きさの魔法石が使われている”と。それが事実ならば、飛空艇を動かす魔法石が手に入るのではと思ったのですわ」
「ふむ……クリスダリオ陛下から、ですか……」
王族の前だと言うのに、グワンバンは煙管を吸うのをやめない。そもそも失礼とも思っていないのかもしれない。
もしくは……サトリナのことを、低く見ているか、だ。
「確かに殿下の言うとおりです。あの魔機砲の起動には、飛空艇に使ったものと同等の大きさの魔法石が使われております」
「であれば、お譲りいただけませんこと? こちらは世界から魔物を駆逐するべく、魔王城へ行くために飛空艇を動かそうというのですから」
一つの街の防衛と、世界中の魔物の撲滅――優先されるのはどちらかという話だ。
街一つを疎かにすることを良しとは思わないが、このドランガロにおいては話は別だ。
魔機砲などなくとも、あの外壁と戦車があれば充分すぎるだろう。
「あの魔機砲、一度も動かしたことがないとも聞いたことがあります。使いもしないものに貴重な魔法石を割く必要もないのではなくって?」
サトリナはクリスから仕入れたであろう情報をどんどんと吐き出していく。
今の話が事実なら、尚の事飛空艇のために譲って欲しいところだが……。
そう簡単に話が進まないということが、グワンバンの表情から察せられた。
「殿下のお頼みとは言え、それは難しいですな」
「なぜでしょう?」
「申し上げるのも恥ずかしいことなのですが、このグワンバン・リガロ、生来臆病な男でして。何事にも備えておかないと落ち着かない性格なのです」
「それがどうしたというのです?」
「ドランガロにおける外壁、戦車、そして魔機砲。それらはすべて臆病な私の心の象徴。ただの一つもかけてはならぬものなのです」
「一時的に借り受けるだけでもいいのです。一月もかかりませんわ」
「殿下は一月足らずの間、裸で野営が出来ますか? 私にとって魔機砲を取り払うというのはそれと同じことなのです」
ああ言えばこう言う……というか、そんなにも魔機砲から魔法石を外したくはないようだ。
いい加減サトリナもうんざりとして、腰に手を当て大きくため息をついていた。
話しても無駄だとわかったのだろう。
これは……思ったより長くなりそうだ。
俺も、心中ため息をついた。




