第百二十二話 サトリナの嘘
「今、別行動中なのですわ」
言い淀む俺の代わり、サトリナがそう言った。
「教団の方もいろいろと多忙ですので、他の仕事をしていただいているんです」
「ああ、そうなんですか」
「ええ。ただ、そのせいでクロームさんったらずいぶんと寂しそうで。本当に仲がよろしいようで」
サトリナは……マーティのことなどほとんど知らないはずなのに、まるで俺たちの関係を知り尽くしているように語る。
おかげで先生も納得したのか、はいはいと数度頷いた。
「小さい頃からいっしょでしたからね。家族同然……いや、それ以上の関係ですよ」
「全くですわ。あんなに気兼ねなく接することの出来る方がいらして、わたくし少々羨ましいですわ」
そう言って、サトリナは俺の方を見た。安心しろとでも言うように、こくりと一つ頷いて。
「ははは。相変わらずまようですね」
「は、はい」
微笑みを向けられて、俺は戸惑いながら頷いた。きっと先生は、マーティがあんな目にあっていることとはかけらも思ってはいないだろう。
「それを聞いて安心しました。まさかケンカ別れでもしたのではないかと」
「それは……そんなこと、有り得ませんよ」
笑って答える。――きちんと笑えたか、自信はなかった。
「ええ、杞憂だったようです。……おっと、それでは僕は野暮用があるので」
「はい。ありがとうございました、先生」
「いえいえ。では、またいずれお会いしましょう、クロームさん」
「はい。また」
言って、トラグニス先生は王城へと向かっていった。
先生の父親は王宮へ仕える騎士団長だった。今は騎士を引退してはいるが、訓練補佐として勤めていると聞いたことがある。
その辺りの用なのだろう。俺がロシュアにいたころも、用事があると度々王都ソルガリアへ向かっていた。
「ところで」
先生の姿が見えなくなってから、サトリナが言う。
「あの方は誰なんですの?」
「……まあ、そうだよな」
大した自己紹介もしていない。俺と先生の関係など知るはずもない。
「あの人は私の、魔剣術の師匠なんだ」
「へえ。……なんか、あんま強そうには見えなかったけどな」
ローガが言う。確かに先生は、少なくともその風体はひょろひょろとしていて、剣豪には見えない。
だが、その実力は確かだ。ある程度ならば魔物の相手だって出来るはずだ。
「先生は勇者クロードの魔剣術を直々に教わった人でな。だから私の魔剣術も、勇者直系の技術なんだ」
「……勇者の、か」
イルガのじとっとした目線が突き刺さる。事情を知っているイルガにとっては、わけのわからないことを言っているとしか思えないだろう。
だが、確かにかつての俺は、あのトラグニス先生の少年時代に魔剣術を教えた。
そして今このクロームとなって、その魔剣術を学び直した。
ややこしいが、事実だ。
「それよりもサトリナ、よくあんな嘘を答えられたな」
サトリナは俺とマーティの関係などほとんど知らないはずだ。だというのに、まるでいつも見ていることのように語った。
「今までのクロームさんの狼狽ぶりを見ていたら、あなたとマティルノさんの関係はおおよそ検討が付きましたから」
「それは……悪かったな。とんだ醜態だ」
マーティが教団に現れてからの数日間、俺は自覚するほどの混乱を見せていた。
だが、逆にそれが俺とマーティの強い繋がりをサトリナに示していたようだ。
「でもよ、なんであの人にそのマーティって娘のことを隠すんだ? 言って、協力してもらえばいいだろ?」
「これは私とバランの問題だ。……先生を巻き込みたくない」
もっともなローガの意見に、俺のわがままを通す。
協力してもらったほうがいいのは明らかだ。しかし……俺は、自分の手でマーティを救い出したい。
「それに、余計な心配をかけたくないんだ。先生には……マーティが無事だと思っていてもらいたい」
「お気持ちはわかります。でも、いつまでも隠し通せることではありませんのよ?」
「ならその前にマーティを救出する。そのためにドランガロに行くんだからな」
バランが見つかったというドランガロへ。マーティを助けるために……!




