表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/188

第百二十話 郷愁

王都ソルガリア。

 ……俺とマーティが旅を始めた、最初の目的地。

 そこで俺は騎士となり、魔王城へと向かおうとしたのだ。

 その場所へこんな形で向かうことになるとは、思いも依らなかった。

 ソルガリア大陸の名を冠する、王都ソルガリア……この大陸全土を治める、セントジオガルズと並ぶ大国だ。

 指名手配されている頃は近付くこともできなかっただろうが、今はもう安心だ。


「…………」

 ふと目を向けると、ローガが地上を向いてどこか虚空を見つめていた。

 懐かしいものを見たような、どこか物寂しさを感じる表情だ。

「どうした、ローガ」

「んあ? いや……そろそろ俺の故郷の近くだなってさ」

 ローガの故郷……そう言えば、ローガもこのソルガリアからセントジオに渡った人間だ。

 詳しい理由は未だに聞いてはいないが、一攫千金を求めてセントジオ大陸のラクロールで開かれる武闘大会に出るために、船に乗っていたのだ。

「小さい田舎町なんだがよ。……みんな、元気にしてるかなって思ったんだよ」

「寄るか?」

「バカ言え。急ぎたいつってケガを押して出てきたのはどこの誰だよ」

「……そうだったな、すまない」

 ここで寄り道などしてしまえば、わざわざ完治を待たずに教団を出てきた意味がなくなってしまう。

 郷愁に負け、目的を違えてしまうほどローガはバカではないということだ。

「ご家族は多いんですの?」

 サトリナが尋ねる。

「ああ。母親が一人で孤児院を経営しててな。万年貧乏で、町のみんなに助けてもらいながら生活してたんだ」

「そうだったんですか」

 ローガの身の上話を聞くのは初めてだ。

 そんな家のために、一攫千金を狙おうとしていたということか。


「さっさと金を工面して帰らねえとなんて思ってたんだが、まさか魔王退治をする羽目になるとは思わなかったぜ」

「手紙を送ったりとか、していないんですの?」

「したさ、セントジオガルズにいた時に。ただ、都合で武闘大会が遅れてるって言っただけだ」

 魔王を倒しに行く話も、当然バラン云々の話も伝えてはいないということだ。ローガの母親は、未だにローガがラクロールにいると思っているのだろう。

「なぜ正直に言わないんだ?」

「余計な心配かけさせたくないからさ。魔物と戦ってますなんて言ったって不安がらせるだけだろ」

「まあ……それもそうだとは思うが」

 魔物の恐ろしさは、二十半ばを超えた人間ならばみんな知っている。

 十五年前、魔王が魔物を世界中に解き放った時、人々はみな生きていることに恐怖した。

 その恐ろしさの余り自ら命を断つものも珍しくはなかった。

 それでも果敢に生きようとした人もいて、そんな生きることを諦めなかった人たちが、今の時代を築いている。

 ……俺の……このクローム・ヴェンディゴの父母もそうだった。

 幼いころに聞いたことがある。自分たちが子供の時の話を。

 魔王によって支配されかけた世界。人里を離れれば――いや、例え町中にいたとしても魔物に襲われかねなかった魔の時代。

 親兄弟を失うことは珍しくなかった。友人と一日会わなかっただけで、その後二度と顔を合わせることが出来なくなったという。

 それでも人々は生きた。生きて、明日を願った。

 そんな世界を――俺は、救った。

 だが、今再び世界は混沌にまみれつつある。

 この話をした時、父さんも母さんも酷く悲しそうな顔をしていた。

 もう二度と、あんな顔を見たくはない。

 それはきっと、ローガも同じなのだ。あの時代に生きた人は、魔物と聞いたらみんなあんな顔になる。


「まあ、要はさっさと片付ければいいんだよ。だからほら、急いでくれやイルガちゃんよ」

 そう言って、ローガはイルガの背を叩いた。

 故郷よりも、親の顔よりも今は、大きな目的のために。

 俺も……長らく父さんや母さんや、先生には会っていない。

 指名手配のせいで、きっと心配をかけてしまっている。むしろ俺の方こそ、一度帰ったほうが良かったかもしれない。

 ……だが、俺はもうソルガリアに向かってしまっている。

 今更振り向くことはしない。

 今はただ、前に進むだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ