第百十九話 王都ソルガリアへ
「では、出発は三日後にしましょう。それまでにクロームさんは足を――」
「いや、明日発とう」
ミリアルドの声を遮って、俺は言う。
その表情が怪訝に歪むのを見て、俺はすぐに答える。
「足のことなら大丈夫だ。もう歩くぐらいなら問題はない」
それを証明するように、俺はベッドから降りて自らの足で立ってみせた。
まだずきりと痛みが走ったが、耐えられないほどではない。
「しかし……」
「今は時間が惜しい。少しでも早く、ドランガロに辿り着きたいんだ」
この手紙の主にしろ、マーティのことにしろ……あまり時間をかけていると、手遅れになる可能性がある。
だとすれば、足のことなど構ってはいられない。
「心配するな。だいたい、どんなに早く向かったってドランガロまで二日はかかる。それだけあれば、足も良くなるさ」
「……わかりました。でも、無理はしないでくださいね」
「わかってる」
その後も多少の話をして、今後の足取りを決めた。
明朝出発し、まず向かうは王都ソルガリアだ。そこで次元の門の使用許可を得て、門を通ってセントジオ大陸へ行く。
そうしたらあとはドランガロへ行くだけだ。
イルガに乗って空を移動しても、二、三日はかかるだろう。それまでに、足がよくなってくれればいいが……。
「じゃあ、みなさん。明日の朝に」
言い、ミリアルドが部屋を出て行く。
どことなく早足だったのは、忙しいのか、それとも……。
「大変ですわね、神官というものは」
ため息をついてサトリナが言う。
特に今は、バランが引っ掻き回したものを修正する必要がある。なおのこと忙しいのだろう。
「あいつ、この三日ほとんど寝てねえんだ。……今度はミル坊がぶっ倒れる番なんじゃねえか?」
「ならドランガロまでの道中は休ませてやろう。イルガ、その時は……」
「ああ、出来る限りゆっくり飛ぶさ」
ドランガロでバランとの決着をつけられるかはわからない。
だが、何かが起きることは確かだろう。それならば、疲労は取り除いておいて損はない。
世界に平和を取り戻すためにも、ここでバランなんかに足止めされている暇はない。
そのためにも……さっさと終わらせてやるさ。
明朝、予定通り俺たちは王都ソルガリアへと向かう。
教団本部の前で、多数の神聖騎士たちに見送られる形で俺たちは出発する。
数日前は敵対していた彼らも、今では俺たちと志をともにする仲間たちだ。
「では、マグガルゴ殿。後のことは頼みます」
「ええ。ご武運をお祈りします」
ミリアルド、バランの他の三神官――その最後の一人、マグガルゴ・ドナウだ。
頬のこけた薄幸そうな壮年の男性で、なんとも頼りがいがなさそうだ。
「じゃあお願いします、イルガさん」
「ああ」
ミリアルドが言うと、イルガは飛竜の姿へと变化した。その勇壮たる巨大な姿を見て、神聖騎士たちから感嘆の声が続々と上がる。
その背に掴まるように俺たちが乗ると、広い翼を羽ばたかせて宙へと浮く。
「まずは王都ソルガリアへお願いします」
「了解した」
荒ぶる風を巻き起こし、イルガは北の方角へと飛翔し始めた。
教団本部の建物がどんどんと小さくなっていく。相変わらず、恐るべき速度だ。
「王都まで、三、四時間というところでしょうか」
「四時間……長えよな短えような……」
イルガの背は広く、くつろぐとまでは行かないがそれなりにゆっくりすることはできる。
とは言え動かずに四時間というのはなかなかに辛いところがある。それでもたった数時間でティムレリア教団から王都ソルガリアまで行くことができるというのは驚異的だ。
複雑なローガの心中も納得だ。
「しかし……あのマグガルゴという男、信頼できるのか」
俺の興味はあの最後の神官にあった。バランの支配下にあって何の行動も起こさなかったあの男を、果たして本当に信用できるのか、といった不安だ。
「……ちょっと言い辛いんですが……彼は、“風見鶏”なんて言われてまして」
「風見鶏ぃ? あの、屋根の上のか」
ローガが不可解そうに聞く。
風向きを見る屋根上の装飾……なぜ、あの男がそう言われているのか。それをミリアルドは説明しだす。
「彼は強いものに靡くというか……自分の意志というものが薄弱でして。恐らくバランが支配している間は、大人しく奴に従っていたのでしょう」
「……本当に大丈夫なのですか? そんな方に教団を任せておいて」
微妙に青ざめた顔でサトリナが尋ねる。
こうしてミリアルドが教団を再び離れた今、マグガルゴが教団を乗っ取るのではないかと懸念しているのだろう。
「大丈夫ですよ。そんな風に揶揄されてはいますが、決して能のない人ではありませんから」
苦笑しながら答え、ミリアルドは続ける。
「強風に合わせ向きを変える……風見鶏と言うと聞こえは悪いですが、言い換えれば時勢を読む力に長けているということでもありますから。ならば今、バランに着くのは絶対にありえません」
ソルガリアとセントジオ、二つの大国に追われる身となったバランに協力する利点はない。
この状態でなおもバランに跪くというのなら、それは風見鶏ですらないただの無能だ。
なら……問題はすべて目の前だということだ。




