第百十八話 怪しき手紙
しばらくして、ミリアルドがやってきた。共に行動していたのか、他のみんな――サトリナやイルガもいっしょだ。
「ミリアルド……」
三日ぶりに顔を合わせた。喧嘩別れのあとのようで、少々気まずい雰囲気だ。
「すいません、クロームさん。突然お騒がせして」
「いや……大丈夫だ。それより、バランが見つかったというのは本当か?」
俺が尋ねると、ミリアルドはやや苦い表情になって考え込むように黙った。
ローガは朗報だと言っていたが、どうやら喜ばしいだけの話ではないようだ。
「実はついさっき、この書状が届いたんです」
言い、ミリアルドは手にしていた手紙を俺に手渡してくる。
封は赤く血で汚れ、中身もかなり乱雑に折れ曲がっている。開いて見てみると、急いで書き殴ったような字でこう書いてあった。
『助けてくれ、殺される。バランはドランガロに潜んでいる。グワンバンには気を付けろ』
「……ドランガロだと?」
それはついさっき、クリミアとの話題で出た場所だ。
飛空艇を治すために、修理を依頼しに行くだろうと考えていた場所だ。
「はい。セントジオ大陸にある街なのですが……そこに、バランは匿われているみたいなんです」
「匿われている?」
「グワンバンというのはドランガロの領主なのですわ。恐らくですが、彼とバランは結託していたのでしょう」
俺の疑問に答えたのはサトリナだった。国王の妹だけあり、自国のことには詳しいようだ。
ドランガロにバランは潜み、そしてその地の領主、グワンバンに気を付けろ――何かしらの関係があることは明白だ。
「飛空艇を修理するために、僕らも製作に協力してもらったドランガロへ行こうと思っていたのですが……この手紙が届いてしまったんです」
困ったような表情でミリアルドは言う。
これから行こうと思っていた場所へバランが隠れているとの報せ。
目的地が同じで運がいい――などとは、到底思えない。
「ずいぶんと都合のいい話だ」
呆れたようにイルガが言う。
まさしくその通り。この手紙……どう考えても罠だろう。
バランは飛空艇の修理を半端に終わらせていた。完璧に修理するためにはドランガロに行かねばならないと知っていたのだ。
しかし、そこは自身と繋がりのある地。やってきたミリアルドを返り討ちにするつもりだったのだろう。
……となると、おかしい話だ。
「なぜバランは、この手紙をわざわざ……」
こんなものを送れば警戒するに決まっている。罠がありますよと丁寧に教えてくれているようなものだ。
こんな偽装までして送ってこなくても、どうせこちらはドランガロに行くしかなかったのだ、その時に攻撃してくればいいものを。
「挑発のつもり……なんでしょうか」
クリミアが言う。
挑発……こんなものを送られれば、俺たちは動かざるを得ないと踏んだということか。
「万が一この手紙が本物で、本当にバランに追われる人間がいるとすれば私たちは行かねばならないと……そういうことか」
ドランガロはセントジオの一国。国を治めるセントジオガルズとの協力を結んだこの教団が、助けを求める国民の声を無視すれば問題になる――そんな腹づもりなのだろう。
「もしくは……わざわざ呼び出さなければならない、何かの事情がある……とかですか」
ミリアルドが言う。
俺たちを呼び出して、バランは何をしようと言うのか。
始末しようと言うのなら、この教団に籠もられれば奴は手出しが出来ない。そのために俺たちを教団から離そうということか。
しかし、そんなことをして何になる。例え俺やミリアルドを殺すことが出来たとしても、もはやバラン・シュナイゼルという人間が表舞台に立つことは出来ない。
それでも俺たちを野放しには出来ないという意地か?……わからない。
「何にせよドランガロに行かないと飛空艇は治らないんだろ? 行くしかねえじゃねえか」
「簡単に言いますわね。一歩間違えば殺されるかもしれませんのよ?」
「そうならないための己れたちだ。奴の狙いはクロームとミリアルド。守り抜くだけだ」
三人がそれぞれに言う。
ローガの言うとおり、飛空艇を治すためにはドランガロに行かざるを得ない。だがサトリナの心配も当然だ。罠とわかって、わざわざ踏み込むなんて野生動物以下だ。
しかし、イルガの強気な発言は心強い。彼女なら護ってくれるだろうという安心感がある。
だとすれば、答えは一つだ。
「行こう、ミリアルド。ドランガロへ」
行くしかないのならば、行く。
罠だと知っているのなら対策すればいい。百歩譲ってそうでないなら、それこそこの手紙の主を救いに行かなければならない。
「……わかりました」
一瞬の逡巡のあとで、ミリアルドは答えた。
その迷いが何のものだったのか、今の俺にはわからない。だが、ミリアルドはそう決定した。
なら、俺も着いていくだけのことだ。
そこにバランがいるのなら……マーティが待っているなら、なおさら。




