第十一話 星空の夜旅道
ロシュアからまず向かうのは、ここから北の方にあるノーテリアという港街だ。
王都とロシュアの、物理的にも発展的にも中間にある、それなりの都会街だ。
そこから船に乗ることで、王都ソルガリアに行くことが出来る。
ノーテリアへは、徒歩で一週間ほどかかる。一応ロシュアに馬車の定期便が来るのだが、田舎だからか定期とは名ばかりに本数が非常に少ない。
というより二週間に一度だ。いや、確かに定期ではあるのだが。
しかし、待つよりも歩くほうが早いとは、馬車とは一体何なのか。
ひたすらに道を歩くというのも辛いものがあり、俺たちは下らない話をしながら退屈しのぎをしていた。
「ところで、クロ」
「なんだ?」
「あの森で出会った魔物……ヴァサーゴって言ったっけ?」」
「ああ。強靭な顎と鋭利な牙を持つ蛇型の魔物だ」
過去に戦った際にもあの顎には苦しめられた。まともにくらえば人間の肉など根こそぎ持っていかれるからな。
「クロはなんで、そんなに魔物に詳しいの?」
「え?」
それはもちろん、過去に魔物と戦ったからだが……マーティにそんなことは教えられない。
しかし、なぜ詳しいのかと聞かれる可能性は考えていた。ちゃんと言い訳は用意してある。
荷物の中から、俺は一冊の本を取り出した。
「それは?」
「勇者戦紀。勇者クロードの、魔王を倒すまでの戦いの旅をまとめた本だ」
その旅立ちから魔王を倒し世界に平和を取り戻すまで、あの長かった旅がこの一冊の本に綴られている。
もちろん作者は俺じゃない。俺は魔王と相討ちになって死んだからな。
「勇者の仲間の一人だった、カイン・アーベルトが書いたものでな。戦った魔物の詳細が載っていて、なかなか読み応えがある」
本人によるスケッチや、そうでないものは証言からの予想図など、一体一体の絵も充実している。
俺も旅の記憶をすべて覚えているわけではないから、こうして本を開くと、こんな奴とも戦ったなぁとしみじみする。
巻末に世界地図もついているから、これからの旅にも役立つ。
「そういえば、よくそんなの読んでたねえ。……私、文字を見ると眠くなっちゃうタイプだからな~」
「いつどこで魔物と出会うかわからないからな、対処法とか、知っといて損はないと思うぞ」
「うん、気が向いたら貸してもらう」
……気が向くことは永遠にない気がするのは、気のせいだろうか。
そんな風に話をしながら歩くと、いつの間にか暗くなっていた。
月明かりも多少はあるが、夜道を歩くのは危険だ。
比較的平和な街道とは言え、夜行性の凶暴な動物に襲われるかもしれないし、夜盗もいないわけじゃない。
脇道に逸れ、今日はここで夜を明かすことにした。
木々を集めて焚き火を作り、作っておいた干し肉を炙りながら、二人は夜空を仰いでいた。
「こうやって夜営なんかしてると、旅に出ましたって感じがするね~」
「町と近かったから、狩りで夜を明かすことなんてなかったしな」
あの迷子になった日のことは除外するとして、狩りは大方朝から夕方までで終わる。
夜、こうして焚き火をするなんてことは、今の身体になってからは初めてだった。
「今日は私が番をするから、マーティはすぐに寝ていいぞ」
「うん、ありがと。明日は私がするからね」
夜だからと言って寝てばかりはいられないのが夜営だ。
下手に熟睡なんてしていたら、起きたときに丸裸にされていてもおかしくはない。
火が消えない程度に薪をくべ、眠気はごく浅く眠ることで抑える。
その技術は前世の旅で会得していたし、この体になってからも練習していた。
今では、かすかな物音があればすぐに起きれる程度の眠りにつく事ができる。
「……そろそろいいかな」
枝に突き刺し、火で炙った干し肉を俺とマーティで分ける。
水分を抜いて硬くなった干し肉は、噛みごたえがあって腹にたまる。
この日のために作っておいた旅のお供だ。
「大変だったねえ、これ作るの」
「普段の倍以上の日数、狩りに出かけたからなぁ」
「しかもクロは料理できないからねえ。大量に作るの大変だったんだよ?」
「感謝してるよ」
料理の腕がないのは残念ながら前世からだ。女の身体になったんだし挑戦してみようかとも思ったが……。
どうやら、センスそのものが俺にはないらしい。すぐに諦めた。
肉にかじりつき、その旨味を味わうと、マーティに対する感謝の念が湧き出てくる。
彼女の協力を得られなければ、食料の確保が非常に難しかっただろう。
戦い以外でも、やはりマーティは俺のよき相棒だ。
食事を終えると、マーティはすぐさま横になり、寝息を立て始めた。
寝付きはいいが、寝起きが悪いのがマーティの悪いところだ。
空を見上げると、満天の星空。
夜空を見上げるのは好きだった。月がない方が星はきれいだが、旅の間は月光も貴重な明かりだ。ジレンマというやつだろう。
15年前、飽きるほど見上げた星空は、今もまったく変わっていない。
これから先、どれほどの星空を見上げることになるだろうか。
それが、俺の心を久しぶりにわくわくと高揚させた。
そして、同時に。
「……こんなきれいな空を、また汚すわけにはいかないよな……」
再び迫りくる世界の危機を防がんと、改めて俺に決意させてくれたのだ。




