第百十六話 ドランガロ
「とりあえず、方方に手は回し終えたみたいなので、今は飛空艇の修理の方に力を注いでいるみたいですね」
俺たちの指名手配以外にも、バランによって乱された地域や資材の管理など、ミリアルドが率先して修正しなければならない事柄が多かったようだ。
しかしこの三日でそれも終わり、ようやく魔王討伐へ向けて邁進するといった具合だ。
だが……意外だな。
「飛空艇の修理は行われていなかったんですか?」
墜落した飛空艇はもちろん破損し、航行は不可能になっていた。しかし、バランはそれを修理しなかったのだろうか。
下手に治して、また奪われるのを恐れたのか……?
「私も聞いた話なのでよくはわかりませんが……どうやら、あれを動かすための何かが、壊れて治せない状態みたいですね」
「あれを動かす……?」
俺も飛空艇に関してはまったく詳しくない。
確か、以前飛空艇に乗ったときはミリアルドが神霊術で飛行させていたはずだ。だがいくらミリアルドとは言え人間一人の力であの大きさのものを飛ばすなど不可能だろう。
……何か、例えば魔法石のような増幅するための装置が、備えられていたのかもしれない。
それが壊れて修理不可能だということか。
「つまり……魔王城にはまだ行けない、ってことですね」
「残念ですが、そのようです」
何から何までバランのせいで足止めされている。
あの醜悪な野郎の手の上だと思うと、治りかけの傷がじくじくと痛んでくる。
「でも、すごいですねあの飛空艇。セントジオにも列車はありましたが、それ以上です」
「あんな重そうな鉄の塊が鳥のように空を飛ぶ……。一度実際に乗った私も、未だに信じられませんからね」
セントジオ大陸にある列車は、国が主導となって作り上げたものだ。試験的な運用とは言え、広大なセントジオ大陸を一気に縮めた優秀な発明だ。
しかし、飛空艇はそれを凌駕する。大地と海から解き放たれ、まさしく鳥のように空渡り、世界を縦横無尽に闊歩する。
「しかし、この教団はどうやってあれほどの魔機を作ったのでしょうか」
それを作ったのがこのティムレリア教団というのがまた驚きだ。
確かに教団は今や世界規模。各支部こそソルガリアにしかないが、いずれは別の大陸にも足を伸ばすだろう。
だがそれでも、一大国であるセントジオを超える技術を有するとは考えづらい。
それは例え王都ソルガリアと協力したとしても、だ。生まれ変わってから十余年このソルガリアで暮らしたが、魔機技術が低水準なのは、どうやら俺の故郷が田舎だからというだけではないらしい。
この地を抑えるソルガリア王は、魔機の導入をあまり快く思っておらず、各種機関には可能な限り控えめにするようにとの通達をしていると、旅の間に知った。
そのため、ソルガリアには少なくとも目立つような魔機は存在しない。ティムレリア教団が独自に開発を進めていたのは、教団がある種の治外法権を持っているからだった。
「ミリアルド様に聞いてみればわかると思いますが……たぶん、セントジオに協力を仰いだんだと思います」
「そうなんですか?」
クリミアの意外な言葉に俺は聞き返す。
はい、と一つ頷いて、その理由を説明してくれた。
「あの飛空艇とセントジオ大陸にある魔動列車は、どことなく構造が似ているんです。だからたぶん、そうなんじゃないかと」
「……そうですか」
それならばとりあえずは納得だ。同じところが作れば似るのは当たり前だ。
しかし……以前話した際にはクリスは飛空艇のことをよく知らなそうだった。
セントジオと協力したというのなら、知っていてもおかしくはなさそうだが……。
「クロームさんはドランガロという街を知っていますか?」
クリミアが言う。セントジオ大陸にある街のことだろうか……?
「いえ」
あいにくと知らないので、俺は首を横に振るう。
「ドランガロはセントジオ一の工業都市なんです。魔動列車を開発したのもここですし、他にも様々な魔機を製作しています」
「では、飛空艇も?」
「恐らくは。なので、ドランガロに行けば飛空艇の修理の目処も立つのではないかと」
確かに飛空艇を作った技術者がいるところへ行けば、傷ついてしまった動力部も治せるだろう。
ドランガロ――その場所は、きっとミリアルドも知っているはず。
ミリアルドはそこに向かうのだろうか。
なら、俺は……。




