第百十三話 偽物の幼なじみ
「……え……」
驚きに目を丸くしたのは、ミリアルドのみだった。
マーティのことを知っているのは俺とミリアルド……そして、以前セントジオ大陸へ向かう際に話をしたローガのみ。
この事態がどれほどの衝撃か、この面子でわかってくれるのは、ミリアルドだけだ。
「マーティ……って確か、死んじまったっていうクロの友達、だよな」
ローガの言葉に頷く。
死んだはずの人間が再び現れたということは、それで他のみんなにも伝わったようだ。
「亡くなったはずの、クロームさんのお友達が……」
「バランの部下になっていた、と?」
サトリナとイルガが互いに視線を送ってくる。
もっと詳しく説明してくれ、ということだ。
……あまり思い出したくはないことだが、もはや話さずにはいられないだろう。
俺は……初めてミリアルドと会った日のことを……みんなに話した。
飛空艇に乗り魔王城を目指し……テンペストに襲われ、マーティという犠牲を払って撃退したことを。
「そんなことが……」
「クロームとバラン・シュナイゼルの因縁は、そこが始まりだったということか」
マーティが死んだこと自体は、バランたちに非があるわけではない。
だが、奴の一派の行動によって彼女の覚悟が無駄に終わるところだったことは、今でも許してはおけない。
もしあのまま俺やミリアルドが処刑されていたら……マーティの死は、完全に無駄になるところだった。
「そして、その亡くなったはずのマーティさんという方が、実は生きていた、ということなのですわね?」
「……それが、わからないんだ」
確かにあれはマーティだった。それを考えればマーティが実は生きていたと見るべきなのだろう。
だが、だとすればなぜ、マーティはバランなんかに着いている? 俺の顔を見ても何も気付かない?
マーティは……あんな冷たい顔をする人間じゃない。
「今の話だと、そのマーティというリウ族は海に落ちたのだろう? ならば助かっていてもおかしくはないだろう」
「いえ。確かにマーティさんが落ちたのは海上でしたが、飛空艇の高度は決して低くはありませんでした。高高度から落ちれば、いくら下が水でもかなりの衝撃のはずです」
イルガの言葉をミリアルドが即座に否定する。
「ああ……、俺もガキの頃谷から川に落ちたことがあったけど、一ヶ月は痣が消えなかったよ」
「……むしろ痣で済んでいるということが恐ろしいですわね」
強靭な肉体を持つイグラ族でさえそうなのだ。もともと民族的に華奢なリウ族、そしてその中でも特別身体を鍛えているわけでもなかったマーティが、その衝撃に耐えられるとは思えなかった。
万が一生き残り、奇跡的に溺れず意識を取り戻したのだとしても、まったく無傷というのは有り得ない。
そこから陸まで泳ぐなんてことは出来やしないだろう。
マーティが実は生きていた、という可能性は低い。ならば、彼女の正体は。
「だとすれば、答えは一つだ」
疑問は解決だと言わんばかりに、強い目を向けてイルガは俺に言う。
「バランは偽の人間を作り出すのだろう? お前が見た“マーティ”もそれだ。お前を混乱させ、安全に逃亡するために」
そう、初めは俺もそう思った。だが。
「……違うと思います」
俺が言う前に、ミリアルドが再び言う。
即座の否定も二度目となると苛立つか、イルガは若干眉をひそませながら口を開く。
「なぜだ? 本物が生きている可能性は低い。だが確かにその人物がいたとなれば、偽物と考えるのが当然だろう」
「意味が無いんです」
「なに?」
ミリアルドも……苛立ちではなく不可解な心境を表すものとして、眉間にしわを寄せている。
仮にあのマーティが、俺たちが暴いた偽物のミリアルドと同じ存在なのだとして……あのタイミングで姿を見せた意味は、どこにある。
「まず、バランはマーティさんの存在を知らないはずです。僕らがリハルトに捕らえられ、バランと引き会わされた時にはすでに、マーティさんは海へ落ちていましたから」
「む……」
いくら精巧な偽物を作れるとは言え、顔も声も、名前すらも知らない相手の偽物を作ることまで出来るのか。
不可能だと断定は出来ない。なにせどんな術を使っているのかもわからないのだ。
相手の記憶を読み取って虚像を作り出す……そんな可能性もある。
「しかし、仮に偽のマーティさんを作ることが出来るのならば、バランはもっと早くそれを出したと思います。僕らが講堂に突入した時点で偽のマーティさんを連れていれば、僕らは必ず動揺しましたから」
ミリアルドの言うとおりだ。
事実、俺はマーティの顔を見て酷く心を乱した。
仮に足を射られていなくても、バランを追うことなど出来なかっただろう。
リハルトを足止めに使う必要はなかった。腹心を、あんなところで失うことにはならなかっただろう。
と、すれば……。




