表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/188

第九十八話 星の夜空

「では、明日に備えて今日は解散としようか」

「はい、わかりました」

 クリスの言葉に頷いて、俺たちはこの間まで泊まっていた部屋へ、再び案内された。

 サトリナは自室へ戻り、部屋には俺とローガ、ミリアルドとイルガの四人が集う。

 間もなく夕食が運ばれてきて、美味しい食事で腹を満たすと、みんなは早々に眠りについていた。

 だが、俺は。

「…………」

 暗い部屋、ベッドの中。

 胸の中で何かの感情が渦巻いている。

 目を閉じてもそれが強まるだけで寝付くことは出来ない。

 眠る気が起きない……というか、眠れるほど俺の心は穏やかではないのだろう。

 何せ、ようやく決着がつけられると言うのだ。

 武者震いか、緊張か……。

「……ダメだ」

 どうしても寝付けず、俺は早々にベッドを抜け出し、夜の城へと部屋を出た。


「……さすがに静かだな」

 恐らくどこかしらには見張りの兵士たちがいるだろうが、それでも昼間に比べれば空気がとても大人しい。

 最低限の灯りしかつかない暗い廊下を歩く。

 どこに行こうかなどとは考えていない。

 ただ、この火照りのような感情を抑える術が思いつかず、無闇に歩いているだけだった。

「ん……?」

 ふと視線を向けると、テラスへと出ることの出来る扉を見つけた。

 夜風は寒いだろうかと考えたが、なんだか無性に星が見たくなって、俺は扉をくぐってしまった。

「……ふう」

 思った通りだ。

 季節的には春とは言え、一年のほとんどが雪で覆われるこのセントジオガルズ、その夜は非常に寒い。

 だが、反面その星空は、圧倒されそうなほど美しかった。

 弓なりの月が照る暗い夜の帳、細かな雪が散らかっている。

 遙か高い虚空から注ぐ小さな光が、この世界を照らしているのだ。

 

「どうしたんですか」

「え?」

 かけられた声に振り向く。

「……ミリアルド」

 戸に手をかけ、微笑みを浮かべて小さな仲間がそこにいた。

「寝られないんですか?」

 言って、ミリアルドは俺の隣にまで寄ってくる。

「ああ。……なんだろうな。柄にもなく落ち着かないみたいだ」

「僕もです。ここまで長かったですからね」

 ティムレリア教団を抜け出して、セントジオ大陸を目指して……いろいろあって、俺たちは今こうして、ソルガリアへ戻ろうとしている。

 順調に行けばとっくに終わっていた道程へ、ようやく戻ることが出来るのだ。

 だが……そう、これはきっと、不安なのだ。

 本当に大丈夫なのだろうか、と。


「バラン・シュナイゼルに勝てると思うか?」

「勝つ、という言い方が適当かはわかりませんが……たぶん、策自体はある程度うまく行くとは思います。神獣鏡もありますし、イルガさんも協力してくれますから」

 それは俺も同じことを思っている。

 バランが何かの術方を用いて作ったミリアルドの偽物。

 それを暴くことさえ出来れば、状況は一気にこっちに傾くだろう。

 集会の日にぶつかるのもちょうどいい。指名手配されていた方こそが本物だと信者たちに知らしめられる。

 そうなれば、バランの信頼は一気に地に落ちるだろう。

 ミリアルドが正しい神官として、逆にバランを失脚させる。そうすれば、あとはもう一度飛空艇で魔王城へ向かうだけだ。

 だが……事はそう簡単には運ばないだろう。

「リハルトは……手強いだろうな」

「ええ。僕の下に着いていた時も、かなりの腕前でしたから」

 ミリアルドの部下でありながら、その実バランとつながっていた神聖騎士の一人、リハルト・レキシオン。

 奴はきっと、バランの前に立ちふさがるだろう。

 神聖騎士団の長を務める男だ、一筋縄で行く相手ではない。


「人間相手に剣を振るうのは、あんまり好きじゃないんだ、私は」

「彼はそんなことは考えてないでしょうね。容赦なく、クロームさんを殺そうとしますよ」

「……厳しいな、それは」

 かつての旅でも、人間同士で戦うことはあった。

 盗賊なんかは旅の間中襲いかかってきたし、魔物が蔓延る世の中でも、悪の道に手を染めるものは少なくなかった。

「人間相手だと、どうしても剣が鈍る」

 だからと言って人を斬ることには慣れてはいない。

 自分も同じ人間だと思うと、どうしても。

「……クロームさんは、強い人ですね」

「おいおい、今の流れでなんでそうなるんだ?」

 人を斬れないと弱音を吐いておいて、なぜ俺が強いと思えるんだ。

 対人間でも躊躇せずに攻撃できる方が明らかに強いだろう。

「人を斬ることに躊躇いがないのも強さでしょう。でも、躊躇することも強さだと僕は思います」

「……意味がわからん」

「剣を向け、斬り合い、殺し合う……そんな世界、僕は嫌です」

 星空を見上げ、ミリアルドは言う。

 その顔はとてもじゃないが六歳そこらには見えやしない。

 物憂げで、儚くて……俺よりもずっと、年上みたいだ。

「人を斬ることを恐れない人は、きっと何事も力で解決しようとするでしょう。でも、それじゃあ世界は平和にはなりませんよね」

「じゃあ、人斬りを恐れるなら?」

「力を忌避し、言葉で事態を解決する心を持つ。……僕はそう思います」

「怖いだけさ」

「怖いのは、相手の痛みを知ってしまうからですよ。だから躊躇する。自分がもし斬られたら、同じように苦しむとわかっているから」

 ミリアルドの、そんな持ち上げすぎな言葉が、しかし俺の心にすっと馴染んでいく。

 相手の痛みを知ってしまうから、俺は人を斬ることを躊躇するのか。

 怖いのなら、なぜ怖いのか。考えもしなかった。

 こんなに単純なことだったのか。

「僕は、人を斬れないクロームさんが好きです。敵でさえも思いやる、優しいあなたが」

「……はは」

 まっすぐ、ただまっすぐ。

 夜の中できらきらと煌めく純粋な瞳が俺を貫いていく。

 なんて綺麗で……そして、力強いのか。

  

「ありがとうミリアルド。……でも、女を口説くのはまだ少し早いな」

 そんな綺麗すぎる想いを素直に受け取る度量は俺にはなく、ついつい軽口で流してしまう。

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ……!」

 顔を赤くし、慌てたように言う。

 ついさっきまでの真面目な表情との落差がなんともおかしくて、俺は吹き出すように笑ってしまった。

「わかってる。私も君のことは好きさ」

 言いながら、月の光を反射する細い金髪をわしゃわしゃと撫で回した。

「ぅう……」

 まるで小動物だ。

 愛おしいというか……本当に、弟を相手している時と感覚がそっくりだ。

 ……気付くと、胸の中でくすぶっていたものがすっかりなくなっていた。

 ミリアルドと話をして、緊張が解けたのだろう。


「おかげでいい気分だ。ありがとう、ミリアルド」

「いえ、僕は何も……」

「それでもだ。さあ、子供は寝る時間だぞ」

 長い時間寒夜の中にいたら風邪を引いてしまう。

 そろそろ部屋に戻って明日に備えたほうがいい。

 城内に戻って、部屋までの道を歩く。

「あの、クロームさん」

「なんだ?」

 隣を歩くミリアルドが声をかけてくる。

 床を見つめて、何か思い詰めたような顔だ。

「実は、僕……」

 そう言いかけて、しかしミリアルドは、唇を固く結び直した。

 足を止め、俺を見上げて、ちょっとだけぎこちなく笑う。

「実は僕も、不安だったんです。話ができてよかったです」

「……そうか。なら、お互い様だ」

 俺たちは部屋に戻り、それぞれのベッドに潜って眠りについた。

 だが……さっきのミリアルドは、本当は何を言おうとしたのだろうか。

 不安だと告げるのが嫌だったのか?……いや、ミリアルドはそんな性格じゃない。

 何か隠していることでも……。

 なら、俺にはそれを追求する権利はない。

 俺も、あの子に隠していることは多くあるのだから。

 そう思って、俺は目を閉じた。

 驚くほど簡単に、俺の意識は柔らかな夢へと混濁していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ