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婚約破棄された令嬢は、断罪の谷から這い上がる  作者: 水流花


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9.落ちる

 シルバーに恩がある、というトマスさんの言葉に、私たちは食事を食べる手を止めた。


「そんなの俺たちだってあるよ」

「私も」

「あの……もちろん私もです」


 シルバーたちには返しきれないほどのご恩があります。


「はは、そうだね。うん。みんなそうなんだよね……」

「なんだよ。昔の話?」

「うんそう。六年前にね、初めてシルバーに出逢った時の話なんだ」


 はじめて聞く、とアンリが呟いた。

 トマスさんは微笑んでから昔のことを語り出した。


「僕はね、依頼を受けて他の町にいたけれど、妻と子が残る町が、大型の魔物に襲われたことがあるんだ。魔物なんか普段は現れる場所ではないから……倒せる人なんていないはずの場所だ。それを聞いた僕は慌てて戻ったけど、襲われていたらひとたまりもないからね、半ば絶望的な気持ちだった。だけど戻ると町は無事で、聞くと一人の青年が魔物を倒したんだという。旅人のようだったと。ギルドに身を寄せていると聞いて会いにいったんだ。お礼を言いたいし興味もあった。それがシルバーだった」


 トマスさんは困ったように言う。


「今とは全然違ったよ。もっと野生の獣みたいだった。神経を張り詰めていて……強敵を前にしたときのシルバーみたいな感じかな」

「ひっ」

「怖い……」


 想像したのかリークとアンリが震えている。


「一睨みで殺されるんじゃないかってくらい殺気を放っていた。ギルドの強面どもも震えてたよ」


 どうしてトマスさんがこの話しをし出したのか少しだけ分かった。


「似てるよね、今のシルバーに……。心ここにあらずで、目の前を見てなくて。緊張を解せないほど、肉体が戦闘状態になっているようで」

「……こえぇよなぁ、あの状態のシルバー」


 リークが言う。


「普通なら近寄らないような相手だけど、町の皆には大の恩人だし、身を寄せるところもないと言っていたんだ。だからギルドで預かって、強いのは分かっていたから、冒険者として活動してもらったんだ。僕はそれなりのランクだったから、初めに指導するように言われて一緒に組んだんだけど、結局そのまま今も続けているんだ」


 トマスさんは、思い出すように笑う。

 

「あの時僕はね……家族が死んでしまった想像をしながら帰ったんだ。二度と会えないことを想像した。何も出来ずに死に別れるのか、と。だけど、無事に生きていた。尋常じゃなく強い彼が救ってくれたんだ。神とシルバーに感謝した。なのに……彼はあんなに強いのに、傷を負った獣みたいに見えて、放ってもおけなかった。もう大人の彼にこんなことを言ったらなんだけど、なぜだかうちの子を重ねたんだ。守ってあげなくてはいけない気持ちになった」

「シルバーを子ども扱いするのトマスだけだよな」

「ハハ……そうかもね。僕の勝手な気持ちだよ。この子の手助けを出来たらいいなって。もちろん恩返しもあるけれど、そうじゃなくても、パーティーを組んだと思う」

「初めて聞く話だな……」

「私も」

「もうすぐ最後だからね。今の彼の様子を見て、話しておくべきだと思ったんだ。今後の話もあるしね」


 トマスさんは言う。


「それでまぁ、僕も彼の恩恵を受けてね。戦闘もだいぶ洗練された。Aランクの冒険者だったのに、Sランクまで上がったんだ。もうこれ以上ランクが上がることなどないと諦めていたのに、彼は僕の夢まで叶えてくれた。心から感謝してるよ」

「私も……助けて貰えなかったら、今生きていないよ」

「そんなん俺もだよ」


 私と出逢う前の、彼らの人生の物語。困難が沢山あっただろうことが、側にいるだけで伝わってくる。


「出逢ったときの彼は尋常じゃない様子だったから、きっと深い事情があったのだと思う。僕にも結局話してくれることはなかった。パーティーを解散して、これからどこに向かうのかも知らないけれど、理由があるんだと思う。あの、魔方陣にも」

「……」


 リークが拗ねたように言う。


「聞いたら教えてくんねーかな?」

「力になりたいよ」

「うん。僕もだよ」

「でも、シルバーはそういうことなかなか言わないよなぁ」

「うん」

「そうなんだよね。聞こうとしてもはぐらかされてしまう。本当なら言ってくれるまで待ちたかったけど。もうすぐ解散したら、二度と会えるかも分からなくなってしまうから」

「おう、分かったよ。探り入れようぜ」

「……私も聞く」

「無理のない範囲でね」

「……あの、私も聞いてしまって大丈夫なのでしょうか?恩人ですし、もちろん私も恩を返したい思いがありますが」


 聞かせてくれたのは嬉しいけれど、彼らの結束の中に、私がいては場違いな気がする。

 私の台詞にトマスさんが笑う。


「君も今はパーティーの一員だから」


 アンリがうんうんと頷いていて、リークも肩をすくめる。まぁな、と言いながら。


「だってあのシルバーが側にいることを許して、一緒に戦わせてたんだぜ。そんなこと普通あり得ないんだよ」


 え、本当に……?

 アンリも言う。


「シルバーはね、私たち以外の誰とも、基本的に組まない。大規模討伐の依頼のときに受けたことはあるけどそれだけ。人間が嫌いなのかもしれない。でも、アウレリアには警戒してないのが分かる」

「だってこいつ戦闘大好き人間だもんな。考えるのも馬鹿らしくなるよな」


 感激して二人に抱き着こうとしたら逃げられた。何故。


「私も何かお手伝いしたいです!!」

「うん。ありがとう。とても助かるよ」

「まずは魔方陣調べたいですね」

「そうだねぇ。まぁ、帰ってからだな。戻ったら忙しくなるね。君の身柄もどうにかしないといけないし、魔方陣を調べるのも簡単ではないだろうし」

「調べられそうな知り合いを考えておきます」

「頼もしいね」


 そうして私たちはわいわいと話し合いながら食事を再開して、長い間、シルバーを待ち続けた。









「待たせた。すまねぇな……」


 憔悴したような表情でシルバーが戻って来たのは数時間後だった。


「アウレリア」


 突然、シルバーに名前を呼ばれる。たぶん姫以外の名で呼ばれたのは初めてだ。


「この陣、誰が描いたと思う?」

「え!?」


 私に聞く?


「お前に描けるか?」

「無理よ。なんの魔法陣だかも分からないのよ?」

「そんだけ魔法を使いこなせる、学園を卒業したお姫様にも描けないものがあるのか?」

「あるわよ。魔法を本格的に学びたい人は、王国の魔法使いになるのよ。あそこには研究棟があるの。歴代の魔法研究の知が集結してる。学園で学ぶのはまだ基礎の範囲なの」

「つまり、これは国の魔法使いが描いたってことなんだな?」

「……」


 うんとも、いいえとも言えない。


「……分からないわ。とても古いものに思えるもの。でも……」


 現代では使われなくなった古い描かれ方をしているのは確かだ。でもだからこそ。


「昔の……王国の魔法使いが関わっていた可能性もあるとは思うわ」


 シルバーが難しそうな表情で黙り込む。

 彼が探してるものが、もしもとても古いものならば、今ではもう解明出来ないのかもしれない。

 国外追放なんて目にあっている私では、王宮の情報は遠い。


 もっと何かヒントはないんだろうか。


「触っても平気なのよね?」

「あぁ……」

「僕も触ったけど何も起こらなかったよ」

「私も」

「俺も」


 いつの間に……。それじゃ私も、そう思いながらそっと触れる。


 異変が起こった。

 指先が魔方陣に触れたとたんに、私の首元のネックレスが輝き出す。


「え……ぇっ?!」

「…………は?」


 デビュタントの歳の誕生日に、元婚約者から贈られた、蒼の宝石のネックレス。王族だけが贈ることの出来る石。だから卒業パーティーの日にも婚約者に合わせて着けていたのだ。今だって、いつか売り飛ばそうと首にかけたままの金目のものだ。


「な、なに……え!?」


 ネックレスの光に合わせるように魔方陣の輝きが増していく。どんどんどんどん。輝きが増し、明るすぎて目を開けていられなくなっていく。


「ええぇぇぇぇっ」

「ちょとなんだこれ」

「!?」

「みんな大丈夫か!」


 固く目を瞑る。恐ろしいほど輝いてから、一瞬で光が消えた。そろりと目を開けて、顔を見合わせて、そうして私たちは、目の前の魔方陣が消え去っているのを見たのだ。


「消えただと!?」


 シルバーが壁に走り寄っていく。


「な、なんで?」

「!?アウレリア!!」


 衝撃が私を襲う。私の足元がひび割れていく。逃げる間もない。断罪の谷の一番底だと思っていたのに、飲み込まれるように落ちてしまう……。


「離すんじゃねぇぞ!!」


 穴の上からシルバーに手首を掴まれて、命が繋がれる。ぎりぎりとどまって。でも穴が広がっていってしまう。


「……っ」


 なんてことだ。シルバーが落ちていく私を助けようとしている。駄目だ。無理だ。このままでは皆落ちてしまう。早く逃げてくれないと、困る……。


「ぁっ……危ないじゃないっ……は、離してっ!」


 怖くて恐ろしくて、泣きそうで、助けてと叫び出しそうだけど、それでも。


「逃げて……!!」


 もう私は助からない、彼らを助けてあげて。二人で死んでしまうより百倍良い!


「うっっっせぇぇぇ……っ!!」

「一人なら!平気っ知ってるでしょう!?……あなたが落ちたら、死んじゃうの……」

「馬鹿か!!平気なわけねぇ!こんなところで、お前ひとりで生き残れるわけねぇだろうが!!」


 どうしよう。駄目だ。ああ、シルバーが落ちてしまう。


「いいか!?聞け!!お前ひとりなら、死ぬ!俺なら助けられる!いいから黙って、助けられておけ!!」


 何がどう私に響いたのか分からない。

 けれどその台詞は一瞬で、私の心の一番深い所を貫いた気がする。


 見上げるそこにあるのは輝く銀の髪。私をまっすぐに見つめる、翡翠色の瞳。


 ――どうして落とされた谷の奥底で。必死に私を助けようとする人がいるんだろう。


 シルバーの足元が割れる。瞬間シルバーは私を守るように強く抱きしめた。もう無心で魔法を展開させていく。この強い人を守るために。生き残るために。もう一度、生きてるって感じられるように。


 楽しかった。今日までの、この人たちとの冒険生活は毎日輝いていた。


 ――神様。私は、もっと生きたいのです。




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作者の短編「最後の思い出に、魅了魔法をかけました」をコミックスピラ様より杏乃先生の手で素敵な漫画にして頂けました。
表紙
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