8.魔方陣
翌日も朝から、いつものように戦闘開始。
「後方から複数体近寄ってます!」
「アンリ、足止めを」
「はい」
「俺が行く」
交戦中、私の索敵魔法に後方からの敵が見つかって、本当なら追い込まれるだろうはずのこの場面、シルバーは壁に足を着くと高く飛び上がり、常人にはありえないような派手な動きで目の前の魔物の頭を剣で切り裂いていく。
一瞬のことで、感嘆している時間もない。
そうして敵を倒し終わったシルバーは後方へと駆け抜けていく。慌てて後を追うけれど、着いた時には倒した敵の真ん中に、シルバーが一人立って居ただけだった。姿勢の良いその姿は、まるで貴公子のようだ。けれど、触れたら切れてしまうナイフのように、全身から鋭い力を放っているように感じる。
強さの塊のような人だと思う。
この人は、きっととんでもなく強い。人間離れしていると思う。口を開けば、いつものように、人間味のある口の悪さが聞けるけれど……。
シルバーはじっと見つめる私に視線を向けると、私の横を通り過ぎながら、言った。
「後ろ、着いてる」
「へ?え?ひ、ぃやぁぁぁぁあ!!」
魔物のかけらが背中にこびりついていた。蜘蛛のような魔物の足だ。蜘蛛は苦手なのだ。
「アンリ!取って!取って」
「え……あ……う……リーク?」
「俺かよ……」
嫌そうな顔をしたリークに渋々取ってもらい、やっと落ち着く。ふぅ。シルバーは岩場に座り涼し気な表情で飲み物を飲んでいた。どうせなら取ってくれればいいのに、と思うけれど、でも、まさか気遣った?……あるかもしれない。彼なら不用意に女性に触れたら色々勘違いされて一々事件になりそうだもの。
まぁ。それにしても……。
「はぁ……すごいわねぇ……」
シルバーのあんな身体能力は、常人にはあり得ないはずだ。少なくとも、騎士科の生徒にもいない。
「どうやったらあんな風になれるのかしら……」
一言で言うと憧れしかない。あんな風になってみたい。
羨ましくてため息が出る。
こうしてパーティーで戦うようになってつくづく思うのだけど、私はそこそこ戦えるし、きっと向いているけれど、熟練した人も強い人も溢れている世界で、私なんて下の下にも辿り着けていないはず。早い段階で、身の程を知れた。この人たちに出逢えて自分は幸運だったと思う。
「なぁ、あんた」
「ん?」
リークが隣に立っていう。
「シルバーは特別なんだよ」
「特別?」
「俺だってあんな風になりたいけど、なれない。桁外れの身体能力なんだよ」
「そう……よね?」
冒険者の中でも突出しているのかしら。
「あんた、そこそこ戦えるから」
「!」
「別に落ち込まなくても……ってなんだよ、抱き着くなよ!」
「ありがとおぉ……気持ちが嬉しいよ」
親切で、気の良い人たちのパーティーに拾われて良かった。ますます冒険者になりたいなって思う。こうして慰めてくれるのもとても嬉しい。
「あんた!馴染み過ぎなんだよ!おかしいよ!」
「馴染める能力高くて良かった!」
「そんな問題かよぉ……」
「すごいよ、アウレリアは」
アンリがうんうんと頷いている。リークは私をひっぺがす。
「目的地が見つかれば引き返すから、ちゃんとさ、町まで連れてってやるからさ。なればいいじゃん、なりたかったら冒険者だって。狙われてるんだったら、ギルドに相談しようぜ。一人で抱えんな……ってまた抱き着くなぁぁぁぁ」
「ありがとう……!」
頭をなでなでしようとするのに引き放されてしまう。
「嬉しくて!ごめんね。ありがとう!」
「なんなんだよ、あんたはぁ……」
深くため息を吐かれてしまう。ごめんよ。
だけど本当に嬉しい。強くて凄いパーティーなんだろうに。皆がとても優しい。リークとアンリは、二人で支え合って生きて来た子たち。トマスさんは町にお子さんたちを残してる。シルバーはとんでもなく強くなれるほどの人生を送っている。
みんな、強いからこそ、人に親切に出来たり、一人で立っていられる、とても素晴らしい人たちなんだ。そんな人たちがなんでもないことのように私のことを助けてくれた。
「皆さんに拾われて良かったです。こんなにいい人たちに出逢えたのは、私の人生最大の幸運でした」
心の底からの笑顔でそう言うと、彼らは気まずげな表情で顔を見合わせあってしまう。戸惑ってるみたいに。
「調子狂うんだよなぁ」
「そんなこと言われたことないよ」
「私たちも出逢えて助かってますから、お互い様ですよ」
私もみんなのようになりたいな。身も心も強くなって、いつか見知らぬ人のことさえ、当たり前に助けられるように。
「姫さんは他人を信用しすぎだ。その辺がまだまだ甘ぇんだよ……」
シルバーが呆れたように言う。
「依頼が終わったらギルドに引き継ぐから、世間を学べ」
世間知らずの烙印を押された気がする。
そういえば、と気付いてしまう。私は彼らの目的地を詳しく聞いていないのだ。
「目的地……谷底の小部屋って、どこなんですか?」
「このあたりだそうですよ。もう数日徘徊してますので、見つかってもおかしくないんですけどね」
そうしてその目的地は、そのあとすぐに見つかった。
「あった……」
下層の奥深く、部屋ではなく洞窟の壁の一部に、確かに魔方陣が刻まれている。
「大きな魔方陣ですねぇ」
「こんなところまで来た魔法使いがいるってことだよなぁ?」
トマスさんやリークが不思議がっている。皆の後ろに立って見ているとアンリが話しかけて来た。
「アウレリア、分かる?」
「ううん。魔法で刻まれているのは分かるのだけど、なんの魔法なのか分からないわ」
「封印に似てるけど、ちょっと違うよね?」
「半分は封印よね?似てるけど……それだけじゃなさそうよね」
「私もそう思う。見たこともない陣が書かれてる」
複雑な魔方陣は、おそらく高度な魔法が使いこなせる人じゃなければ書けないものだ。そうなると、王宮の魔法使いしかいないんじゃないかと思う。王国がかつて動いていた?誰にも知られずに、もしかしたら忘れ去られるくらい昔に、こんなところで封印しなければいけない何かがあった……?
考えてしまうとぞっとする。もしそうならば、相当な何かが、ここにあるのではないか。
「これだ……っ!」
ずっと棒立ちになっていたシルバーが突然叫び出し、魔方陣に駆け寄った。食い入るように魔方陣を見つめてから、指で撫でていく。
「シルバー!?危ないよ」
「シルバー?」
「え、どうしたの?」
「……大丈夫だ。触れても、問題ねぇ」
邪魔な前髪をかき上げるようにして、熱心に見つめる様子はあまりにいつもと違った。
指先で確認するように、苦しげな表情で魔方陣を凝視している。
あまりにおかしかった。
たぶん全員がそう思ってて目配せし合ってしまう。
トマスさんが代表するように聞いた。
「シルバー……もしかして、君はこれを探していたの?それでこの依頼を受けたの?」
「……」
トマスさんの言葉にシルバーは答えない。依頼を受けたのは、魔方陣が目的?
シルバーは答えることなく、魔方陣に指を滑らせていく。記憶に刻んでいくように。
そうして急にアンリを振り返る。
「アンリ、覚えられるか?」
「え、うん……」
魔方陣をじっと見つめるアンリの横で、リークが教えてくれる。
「アンリは見たものをそのまま覚えられるんだよ。凄いんだ」
「そう……」
凄いけど……。それより魔方陣を覚えさせようとするシルバーの、あまりに殺気立つ様子が怖い。
私と目が合うと、トマスさんが困ったように微笑んだ。
圧倒的に強い、美貌の冒険者シルバー。なんとなくだけど、シルバーというのも偽名なんだろうってずっと思ってた。彼の銀髪からの通称なんだろうって。
どんな人生を歩んだから彼みたいな人になるのか想像も出来ない。そうして今も、谷底の封印を探していたなんて、彼は謎に包まれ過ぎている。
そうして、なんとシルバーはその場所から動かなかった。シルバーは魔方陣の前に座ったまま、考え事をするように見つめていた。何らかの事情があるのだろうからと、私たちはただ待った。
「僕は、シルバーに恩があるんだよ」
シルバーから離れたところで食事をしながら、トマスさんが言った。




