5.これまでのこと
「アウレリアさん?ごめんね。びっくりしたでしょう?」
大きな弓を持った、年上の男の人がすぐに話しかけてくれた。茶色の長い髪を後ろで束ねた、優しそうな笑顔の人だ。
「僕はトマス、町に妻と子供がいる。子供はお嬢さんよりちょっと若いくらいの歳なんじゃないかな。この二人は仲間の、リークとアンリ。双子の兄妹だよ」
「宜しくお願いします」
「おう」
「宜しく」
ぺこりと頭を下げる。
双子は二人とも、肌の色が濃く、異国の顔立ちをした短髪の黒髪の少年と少女だった。
私より若そうな兄妹なのに、やっぱり冒険者なのだ。一体いくつからこうして暮らしているんだろう。
トマスさんはちらりとシルバーを横目に見る。
「僕らは安全の為に万全を尽くさなくてはならないんだ。しかもここは魔物がとても多い。少し厳しいことを言うこともあるかもしれないけど。悪気はないんだ」
「いいえ、分かります。言われて気付けました。本来谷の底に落ちた時点で、生き残れる人なんてほとんどいないのでしょう……怪しむのは当然のことです」
「あ……すいません。つい、子供の友達に話すように話しかけてしまいました。お貴族様なのでしょうか?」
「いいえ!もう……そうではありません。どうか、平民だと思って接してください。罪状には身分剥奪の上、国外追放と書かれていました。こうして生き残ることが出来たのです。私は国外に出て自由に生きて行きたいと思ってます」
「罪状って……何があったの?知らない国で暮らすのは大変なことだよ……」
さっきから私が身の上を語ると皆困惑顔になる。
「身に覚えのない罪のようでした。ご令嬢を階段から落としたり、毒物のようなものを入れたりとか。ほとんどお顔位しか知らない方に対してです。訳が分からないまま連れ出されました」
「ふむ……」
みんなは顔を見合わせる。
「じゃあ、とりあえず、普通に話させてもらうけど。何から聞こうかな。落ちてから今日までどうしてたの?」
「もちろんです。何でも聞いてください。えっと……」
どこから話していいのか。
「私は……沢山の魔法を使えます。だけど少しずつしか使えないんです。落ちた時は風魔法と氷魔法の重ね掛けを必死でやりました。風圧で肉体を抑えて、氷で足場を作って、本当はもっと早くにどこかで止まりたかったけれど出来なくて……治癒も同時に行いました」
「普通じゃない」
「……はぁ?」
「本当か?」
「いや……そんなこと……出来ることじゃないよ……すごいことだよ」
自分でも凄いと少し思っていたけれど、熟練そうな冒険者の方々にもそう言われてしまった。自分凄い。
「なんとか下に着いてから、簡易結界と隠蔽を掛けて気を失いました」
「簡易結界」
「隠蔽」
「……」
歩きながらも、私の話を、皆が聞いてくれている。
私は自己紹介のつもりで話して、少なくとも意思疎通の出来る人間だと分かってもらわなくちゃいけないんだろう。
「初級から中級程度の、難度の低い魔法しか使えないんです。けれど、使える種類だけは多くて。浄化や索敵魔法は生き残るのを助けてくれましたし、身体強化や魔法付与は戦闘を楽にしてくれました」
「そんなこと私出来ないよ……」
アンリが言った。アンリはいつもリークの背中に隠れている。
「アンリにも出来ないことをこの人が出来ちゃうのか?」
双子の男の子リークは訝し気に私を見詰める。
強そうな美貌の男シルバーは聞いてはいるようだけど、あまり私に興味がないように先頭を歩いている。
「うんうん。とっさに、そんなに使いこなせる人がまずいないし、魔力、普通足りない」
「……へぇ?」
「アウレリア、きっとすごい」
「……」
少女に褒められたようだ。自分でも適性があると思っていたけど、本当なのかしら?
「いや、それでも、こんなところで一月も……大変だったでしょう?」
トマスさんが優しく聞いてくれる。
「僕から見たらまだまだ子供なのに、こんなところで一人で。よく耐えたね。もう大丈夫だよ。僕たちは結構強いんだ。君を町まで帰してあげるから」
慈愛の眼差しは、きっとお子さんの姿を重ねられているのだろう。
誰かの温かさを感じるのはいつぶりだろう。
「ありがとうございます……」
泣きそうになって声が震える。
命を狙われて。人間としての尊厳を踏みにじられて。
こんなところで心に染みる言葉を聞くなんて。
「こうして保護して頂けて、命が助かりました。このご恩は忘れません」
「気にしないで。冒険者には人命救助も義務なんだよ」
トマスさんが笑う。
私はきっと、本当にいい人たちに拾われたのだ。
仮にも罪人を保護してくれるくらい、強い人たちなんだろう。肉体も、心も。
「どうして魔法を使いこなせるの?」
アンリがリークの後ろから聞いてくる。
「学園で学んだんです。私には、特別な魔法の才能はないと言われました。ただ、本当に少しずついろいろな魔法が使えるだけなのです」
「学園……貴族様の?」
「王立学園に通われていたのですね。一体どうして、こんなところに……」
どうしてって言われても。どうしてだろう。
こんなところで隠す必要もなく、私はそのままを語る。
「学園の卒業パーティーの日に突然、婚約者に糾弾されたのです。信じてもらえるかは分かりませんが、私には本当に身に覚えのない罪でした。王印の押された罪状を突き付けられ、そのまま国外追放されました。乗せられた馬車はこの谷の近くで止まり、私は襲われそうになったので逃げました。男たちは私を捕まえたら好きにしていいと言われてました。必死で逃げた結果、運悪く、谷底に落ちてしまったのです」
「……」
全員がこちらを見ていた。シルバーでさえも眉をひそめながら。
「だからパーティードレスのままなのです。多少は動きやすいように体を緩めたり、改造はしたのですけど、戦いにくいですし、戦闘には不向き過ぎて……」
「馬鹿か、お前」
リークが不機嫌そうに言う。
「運悪くじゃないよ、ここはな、都合の悪い人間をわざわざ落としにくる場所なんだよ」
「……え?」
「谷底まで行くような酔狂な冒険者はそんなにいないし、見たことあるやつは少ないだろうけど。ここはな、死体が、谷底に転がってるとこなんだよ。平民のやつから、上等な服を着たやつまで。一部のやつらには、殺したことも分からず殺すのに丁度いい場所なんだとよ」
「……」
黙り込んだ私に、リークが続ける。
「姫でも魔物でもないじゃないか。あんた、ただの、都合よく殺されそうになったお嬢様なんじゃん」
「……リーク!言い方に気を付けなさい」
トマスさんが嗜めるとリークがちぇと呟く。
心臓が早鐘を打う。胸が痛い。その通りなのだ。私は、きっと殺されたのだ。
「……分かっているのです。私に帰る場所はありません。このまま隣国に出ようと考えていました」
私の台詞にトマスさんが、まぁまぁ、と言う。
「アウレリアさん。僕らは、今の説明であなたのことを大分信じました。ドレス姿のまま谷底に落ちていることに納得が出来ます。けれど、結論を出すのは早いですよ。僕らも、冒険者ギルドも、きっとお力になれます。まずは町に帰りましょう」
「なんだよ、復讐に行かないのかよ?根性ないなー」
「リーク!」
「胸のペンダントは」
低い声が響いた。シルバーが私を見つめていた。
「……お前のか?」
彼の鋭い翡翠色の瞳が私を見つめている。
ペンダント?忘れていたけれど、婚約者に合わせた装飾品を身に着けていた。胸にあるのは、デビュタントの歳の誕生日に贈られたものだ。
「以前……婚約者に貰ったものです」
「……あぁ、そうか」
なぜだか大きなため息を吐かれてしまった。
……知っている?
胸に着けているのは、通称『王家の蒼』の石。希少な石のため王家が管理している結果、王家からの寄贈品以外では出回っていないのだ。
それを知っている人ならば、私を王族の婚約者だったのだと分かるのだろうけど。冒険者の方々まで知られているのだろうか。
……違うのかしら?知っているからこそ、ずっと姫と呼んでいたのかしら?
真意を探るようにじっとシルバーを見つめたけれど、視線を逸らされてしまった。
「生き残れる魔法使えたのすごいよ」
アンリが言う。
「そうかな?」
「うん。私も教えて欲しい」
「教えるよ。私も教えてくれる?」
「うん」
アンリは、魔法使いで、独学でいろんな本を読んで来たそう。私たちはそんな話題をずっと続けて。
シルバーはその後は何も言わずに、ただ私たちの会話だけを聞いていた。




