2.心も堕ちて
魔法で灯りをともし、洞窟を歩き進む。
「魔物の巣窟と言われるだけあるのね……」
初めは、蝙蝠のような魔物に襲われ震えた。とっさに光魔法を放つと、バタバタと倒れた。呆気ないと思った。その魔物には道中頻繁に襲われ続けたけれど、ねずみのような魔物も時々やってくる。それも呆気なく倒せた。歩いても歩いても、出くわすのは魔物だらけ。倒したところで次々と現れる。
「これは大変だわ……」
倒し方なんて知らない。貴族令嬢なのだ、学園であったのは普通の魔法の授業だけ。戦闘を想定した訓練なんて受けたこともない。
もっと楽な戦い方もあるのだろうけど、何も知らない私は、全て自分で考えていくしかない。
「魔物は魔法みたいに属性を持っている生き物だから、効きやすい属性魔法があるのよね」
本で読んだことがある。蝙蝠には光、スライムには雷……試し打ちしながら、効きやすい魔法を確認して、少しずつ道を進んでいく。
「なんとか、倒せてるけど……」
地上まで先が長すぎる気がする。こんなペースでは、いつまで歩くことになるのか。
食料と水の調達も考えないといけない。
心の中に不安が広がっていく。
「大丈夫。まだまだ……生きて、いける……きっと」
泣きそうになる。だけど、挫けたら、あっという間に死んでしまうところだから。
涙をのみ込んで、必死に歩き続けた。
不安というものは、私の心も闇の中に溶かしていくようだなと思う。
心細くて、怖くて、私は、どうしても悪いことばかり考えてしまう。
――谷の生活一日目。
歩き進めるだけで、大量の魔物。魔法で殺してひたすら進んだ。
私が一番攻撃力のある魔法を出せるのは氷魔法。属性が分からない時はそれを試すようにした。倒せないほどの大物はまだ出て来ない。
各属性の魔法で、防壁を作ることも出来るのを初めて知った。便利だった。タイミングが合えば攻撃をはじき返すことも出来る。魔力は元々多いと言われていたけれど、どれだけ使っても枯渇しないようだった。
「不思議なくらい……戦えるわよね?」
セレーナ家の落ちこぼれだと言われていたのに。兄や妹の華々しい活躍や成績といつだって比べられていた。
「ずっと才がない、劣っていると……お父様に言われていたけど……」
お父様は言っていた。
『お前はそのままでいい。才がないのだから。何も望まず、やるべきことを上手くこなせ』と。
私自身……自分でも劣っていると感じていたけれど……。本当に?弱い魔法だからこそ、無限に魔法を使っていられるみたい。疲れても、治癒をしたら疲れも取れて……これは結構凄いことなんじゃないかしら?
一日過ごして、心くじけながらも、どこか本能で『大丈夫』だと感じていた。
この辺の魔物には倒されることはないって。なにかしら……この確信は。
「私、思ったよりも強いのでは……?やっぱり、貴重なのよね?セレーナ家の、私の持つ血は……王家がその血に取り入れたいと望むくらいだもの」
じっと手を見て考える。
「私もちゃんと、偉大な魔法使いの家系、セレーナ家の血を引いていたのね」
家から離れて初めてそんなことを感じるなんて皮肉なことだ。
――この自分に対する、小さな信頼の芽は、この後ずっと芽吹いていくのだけれど。
――谷の生活二日目。
今日もずっと魔物狩り。順調に進んでいる気がする。
それほど苦戦した魔物もいなくて進むことがそんなに苦じゃない。
「というか、苦じゃないのが、絶対おかしいわよね?」
範囲魔法で魔物を蹴散らして、ふぅっと息を吐く。
凡庸な私は、少しずつの魔法しか使えない代わりに、使える範囲の全属性の細かい魔法まで使えるように学んで来た。例えば、水も食べ物も浄化出来る。噂では食べられると聞いたことがあった魔物の肉も、浄化して氷魔法で切って、焼いて食べたら、まぁ食べられた。服も体もクリーンに出来るし、凄く狭い範囲でしか使えないけど索敵魔法で危険がないかもある程度分かってしまう。
結界内で睡眠も取れた。おかげで、体は元気だ。
不思議な程……こんなところでも生きていける。
こんなにも生き残る力の強い令嬢って、他にいるのかしら?
「凡庸な黄金……なのに。自分が優秀な気がしちゃうわね」
少し、考えてみた。
優秀な兄ならきっと私より上手く魔物を倒すだろう。けれど暗闇が続き、衛生状態の悪い中、ひとりぼっちではどんどん病んで行きそうだ。
妹ならどうだろう。泣いて悲しんで、一歩も進めなそう。谷底で果てそうだ。
フロイド様ならどうだろう。妹と兄を足して2で割った感じかな?少しは頑張るけど、そんなに進めなそう。
普通の令嬢だったならきっと今頃生きていない。
「まだまだ、全然耐えられるわ」
自分のこんなにもタフな性格を初めて知る。
思うのだけど、平民の冒険者だったとしても……私のこの無尽蔵に思える魔力って、結構優秀なのじゃないかしら?
「なんにも……出来ないと言われていたのにね」
『何も出来ぬのなら、せめて役に立ってみなさい』
フロイド様と婚約が決まったときに父に言われた台詞。家の為の政略結婚。私でも唯一役に立てることだった。
『ありがとう。アウレリア。とても助かる』
それはフロイド様の台詞。どんなことでもお礼を言ってくださるから、私はいつも有頂天になってしまった。とても嬉しかったのだ。こんな自分でも役に立てるのだと、心が満たされた。
……気がしたけど、それは仮初のものだった。
離れてみて、こんな遠くから思い出すからこそ余計に分かる。
「私はきっと、誰にも求められていなかったんだわ……」
一人ぼっちの洞窟の中で。私は、自分のことばかり考えるのだ。
貴族の娘に生まれ、厳しく教育され育ち、上流の交流関係を持ち、王子の婚約者となったアウレリア。
だけど、今ここに居る私を必死に探して心を痛めている人なんて、きっと居ないのだと思う。
「滑稽ね……本当にね……」
ほんの少し泣いても、それを誰かに見つかることもない。私は一体何のためにあんなに頑張っていたのだろう。
――谷の生活三日目。
上に登っているつもりなのに、下がっている気もする。どういうことなんだろう。地図も知らない私には、この迷路を攻略出来ないのかしら。焦る気持ちが湧き上がっても、それでも、もう進むしかなくて。少なくとも、水も食料は調達出来ている。すぐに死ぬことはないから。
生きていればきっといつかは冒険者たちにも出会うはず。彼らは定期的にどこかに訪れているはずだから。
魔物自体は順調に倒して進んでいる。単調だからこそ……私はぐるぐるぐるぐる、同じことを考える。
これまでのことをずっと。同じようなことを何度も反芻する。
どんなに考えても、私が自分で思っていたよりも、落ちこぼれではないのだろうと思う。
だとしたら……どうしてあれほど『お荷物』として扱われたのだろう。
魔力に優れた家に生まれたから?魔法への選民意識が強い家族に囲まれたから?
フロイド様はきっと……私をさほど気に掛けてはいなかったんだろうと思う。もしかしたら、初めから違う婚約者を据えたいと思っていたのかもしれない。ただの社交辞令に私が喜んでしまっただけ。私はきっと、フロイド様の心の機微にも気付けぬほどには鈍感だったのだ。
「でもそれは……私が悪いことではないわ」
婚約は義務と契約であり、私は王家に忠誠を示し続けていた。国外追放される謂れなどない。
「生家にないがしろにされているから、不当に扱ってもそれほど問題にされないと、いい駒にされた……?」
そう考えるのが妥当な気もしてしまう。
「なんにも……なんにも分からないのよ……」
どうしてこんなことになってしまったのか。
もし、私が悪いのではなかったのなら……?
それならば悪いのはだれ?私の家族?フロイド様?兄妹は……本当に知らなかったのかしら?
まさか全員が知っていて……私が、用済みになっただけとか?
ぞっとして、思わず歩む足を止めてしまう。
一人きりでいると、暗いことしか考えられない。ぐるぐるぐるぐる、思考が巡る。
どうしても、最後に見たフロイド様とラミア様が私をあざ笑う姿が目に浮かぶ。思い出すだけで、心臓が止まるように痛い。
「あああ、もう!!」
激しい怒りを、魔物を殺す魔法に乗せてしまう。大きな音を立てて、雷魔法が洞窟に落ちる。
家族に愛されていないと感じていた。そうだ、それを、十分に知っていた。
兄も妹も父も母も、優秀な彼らはとても仲の良い家族なのに。いつも私だけが能力の足りない者として扱われた。家の中に居場所を感じられない。
だから私はフロイド様に嫁ぐ日を待っていた。フロイド様の役に立てるなら、嬉しいと。自分の場所が出来ると……望まれてもいないのに、なんて愚かな夢を見たんだろう。
もう、そんな夢すら望めない。生きて帰れるかも分からない。
「私だけ、なんで……っ!」
――愛されない。
――いらないと、捨てられる。
「……っ」
つまりはそういうことなのだろうけれど、言葉にも出来なかった。
この世に生まれて来て。
家族と婚約者に、捨てられるだけの私。
本当は、分かっていた。
愛されてない。きっと、家族はこのことを知っていた気がする。
そうしてフロイド様は、本当に私の死を望んでいた気がする。
嵌められたのだ。便利な駒にされたのだ。
信じたくなくて。考えたくなくて。ずっと思考を閉ざして生きて来たけれど。
……幸せになりたかった。
私が居たかった場所で、フロイド様に抱きしめられたラミア様は、幸せそうに微笑んでいた。あの時私は、驚きより羨ましかったのだ。一体私との違いはなんなのだろう。
「キィィッィ」
蝙蝠型の魔物が襲ってくる。必要以上の攻撃魔法を投げて叩き潰す。
悔しくて、惨めで、羨ましくて、死んでしまいたいような気持ちで、魔法を向けていく。
魔物を撲滅した後に、私は死んだ魔物たちの真ん中で大きく息を吐くと、ぼろぼろと涙を流した。
「どうして、私だけ……っ!私だけが、こんな目に……!!」
一体私が何をしたというのだ。何もしていないじゃないか。悪いことなど、何一つ!
「どうして……っどうして!?」
大粒の涙が止まらない。
「……う、ううう。ぅわぁぁあああっ!!うわぁぁあん」
地べたに座り込んで号泣してしまう。
子供より酷い。誰にも見られてなくて良かったと思う。一人で良かった。そうでなければ、泣けなかった。今までずっと、ただ泣けなかったのだ。ひたすら泣いた。
今の境遇を自分でも受け止められない。この理不尽はなんなのだ。生まれて来たことがいけないのか。
嗚咽が止まらずに泣き続けた。
その日はそのまま――疲れて寝てしまうまで、泣いた。
――谷の生活四日目。
昨日はあんなに耐えられなかったのに、泣いたあとには不思議と心が落ち着いた。
心がすっきりとしていたのだ。
気を取り直して、今日も戦闘。魔物の殺し方に慣れて来たのか段々と楽になった。そうしたら、ほんの少し、戦うのが楽しくなってきた気がした。この気持ちはなんだろう?
それでもまだ考える。
もしかしたら、今頃必死に家族が探してくれているかもしれない。
ここまで探しに来てくれて、今までのことを詫びてくれるのだ。生き残った私をほめてくれるのだ。強く抱き締めてくれながら。
フロイド様も誤解だったと償ってくださるかもしれない。
そんな未来が……あったらと、心を慰めるように思う。
本当に私は『陥れられた』のだろうか。それだって疑問だ。
誤解なんじゃないのだろうか。情報が少なすぎて判断が出来ない。
悪かった、許してくれ、どうか帰って来てくれ、と。そうしてずっと愛してくれる。
妄想と、残酷な現実と。
そんなことを、答えの出ないまま考え続けた。
――谷の生活……何日目?
ほんの少しの油断で命を落としかねない場所で、最後に残っているのは、死への恐怖心だけ。もう無心で、魔物を殺し続ける。
『セレーナ家に生まれたことを誇りに思いなさい』
それは幼い頃から言われ続けた記憶。厳しく教育された。
『お前にも出来ることがあるはずだ』
会うたびに言われた父の台詞。
『アウレリア。役目をこなして来なさい。お前にしか出来ないことだ』
それは家を出て学園の寮に入るときに言われた言葉。
美しく。指先一つ動かすことにも気を遣い。
厳しく。発する言葉一つ一つに責任を持つ。
嫋やかに。和を乱さず誰に対しても穏やかに。
『家と国と民の為に尽くしなさい』
けれど結局婚約者は『身一つで生きていけると良いな』と、私の死を望んでいた。
伴侶の為にも、民の為にも、生きられなかった。
でも、きっとたぶん……私は本当はあの場所で苦しかったのかもしれない。
だって、今、こんなにもほっとしてる。ほっとしている自分に驚いている。
「息が吸える気がする」
この言葉が一番しっくりとくるのだ。あの人たちの前で、息をするのも苦しかった。
――追放されて、良かったのではないかしら?
本能がだんだんと、そんなことを感じ始めていた。




