13.シルバー
隷属の……呪い?
さっきの魔物にかけられていたようなものが、シルバーにも?でも……。
さっきの魔物が命令に従わされていた様子を思い出す。
あんなもの、人間にかけるべきじゃない。だけど……本来は魔物ではなく、人間にかけていたはずのもの。
ぞっとした。この世のどこかで、残酷な仕打ちを受けているものがいる。
シルバーを見つめると、昏い瞳を落としていた。
「俺は……辺境の村に生まれた。貧しい村だ。俺はただの汚ねぇガキだったんだ」
そうして私を見つめてから、皮肉気に笑った。
「お姫さんとは全然ちげぇ、底辺の人間なんだよ。想像付かねぇだろ?だがな、ここから更に落ちるんだよ。8つの歳に、突然人買いに攫われた。俺はあれから、一度も村に帰ってねぇ。ずっと転がり続けるように落ちて行ったんだよ」
人買いに攫われる……シルバーの口からは、次から次へと想像を絶する話が出てくる。
「人買いに連れていかれたのは、隣国の貴族の屋敷だった。貴族の屋敷は、子供を失くした夫人を慰めるために銀髪の子供を探していたんだそうだ。夫人は心を病んでいた。俺は子供の代わりの人形のように過ごせたから、待遇は悪くなかった。勉強やマナーまで、本来の子供が受けるものを受けさせられたよ。ただ、抜け出せるほどの自由も……尊厳もはなかった」
貴族の屋敷なら、私にも想像しやすい。
8つの子供の頃のシルバーが心細くひとりぼっちで過ごしている姿を想像すると、心が痛くなる。
「二年経つと、戦争が始まった。あっさりと敗北したらしい。領地をこの国が支配した。よほどそのお貴族様は恨みを買っていたんだろうなぁ。その時、屋敷の使用人は皆奴隷の身分まで落とされた」
――奴隷?
「この国に、奴隷制度はもうないのに……」
「あぁ。だが、隣国にはある。奴隷の身分まで落としてから、支配下に置いたんだ。何をしても許される奴隷が、はけ口になることもあるんだよ」
そんな馬鹿な。
ああ、けれど。戦時下には許されない悲しい出来事が多く起こる。
「そうして俺は」
シルバーは一度言葉を切り黙り込む。
「……見目の良い少年の戦闘奴隷に自分を守らせるのを趣味とする、気色の悪りぃ男に買われた。顔の良い幼い少年たちに守られている、太った豚のような変態貴族だ。だがそんな少年たちの中でも、俺の容姿が特別際立っていたのだと、その時に初めて自覚をした。だからこそ、人買いに目を付けられて攫われたのだろうということも」
シルバーの輝くような美貌は、異質な程際立っている。きっと着飾って社交界に現れたら話題の貴公子になるだろう。貧しい村で彼のような存在が生まれたというのなら、確かにどこかで誰かの目に付いていたのだろう。
「俺は変態野郎に気に入られてしまった。そうして俺だけが、より強い戦闘奴隷として、生き地獄のような訓練を課せられることになった」
シルバーは徹底的に肉体を鍛えられたことを語ってくれた。
「寝る時間もほとんどねぇ、けれど食べなきゃ筋肉が付かねぇ、吐いても吐いても食べさせられたよ」
シルバーは所々言葉を濁す。話すのも辛いのかもしれない。けれど要点を語ってくれた。
見目だけじゃなく「戦闘の才能もあったのが、俺の不幸だったんじゃねぇのか」シルバーは嗤った。逃げ場もなく従うしかない10歳のシルバーは、無理やり鍛え上げられ優秀な戦闘奴隷になった。容姿も美しく保つために磨き上げられる。
「知性もだよ。気持ちワリィことに、奴隷に知能と気品まで求めやがった。反吐が出る」
けれど少年から青年になるころ、主人は気まぐれに言ったのだそうだ。
「『もう飽きた。好きにして良い』その一言で、五年戦闘奴隷として過ごした俺は、その男の部下の、怪しげな魔法使いに下げ渡されたんだ」
シルバーの表情が初めてぐにゃりと歪む。
口に出すのも苦しそうに、彼は言った。
「その男が俺にしたのが、隷属の呪いだった。それは、俺の人生を決定的に変えた」
――隷属の呪い。
「それは……昔あったとされている隷属魔法の?それとも、血の盟約の?」
「昔あったとされている方だと、その時は思っていたよ。俺は呪いと言っているが」
違ったということなのだろうけど。
「隷属魔法は、世界で禁止されて消えたのよね」
思わず言ってしまうと、シルバーが静かに顔を上げる。
「そうだ。禁忌だ。機密レベルではどこかに残っているかもしれないが」
「……」
人間を操り人形のようにしてしまう魔法なのだという。
かつて戦争時に使われ悲劇が生まれたと伝えられている。何百年も前に使用が禁止され、魔法そのものを使えるものももういない。実際に貴族社会でもその魔法を使用できたり知識を持って居たりする人もいなかった。
「それをかけられると……どうなるの?」
「そうだな……体が勝手に動くな」
「勝手に?」
「命令に逆らえねぇんだ。奴隷の頃には従わねぇことは出来た。まぁ従わねぇと殺されるからやるんだが、意志を持てた。だが、肉体が命令に逆らうことが出来なくなったんだ。死ねと言われたら死ぬ」
「……そんな」
「運が良かったんだろうなぁ、死ねとは言われなかった。けれど……あの時は、死を望んだな。それしか解放される手段がねぇからな」
静かに静かに、シルバーは語る。
「俺は、命令に逆らうことの出来ねぇ人形になった。どれほど苦痛でも、逆らうことが出来ねぇ。胡散臭い魔法使いは言っていたよ。どこまで人間を改造出来るのか試してみたいんだと。戦闘奴隷の行きつくところが見てみたい、と……。俺をもう人とは見ていなかった。あの人間のくずはっ」
シルバーが顔を歪める。
「あいつだけは許さねぇ」
世界で禁止されているはずの隷属魔法を秘密裏にかけられた少年は、身分だけじゃなく、心も体も本物の奴隷になった。肉体の限度を超えても鍛えることを強いられる体。休息なく戦うことを命じられる日々。無駄に回復魔法を掛けられ倒れることさえ許されない。生き物だとも思われてない。
「だがな。またあっさりと、再び起きた戦争で負けた。その時にあいつが……魔法使いが死んだ。俺の手で殺す前にくたばった。そうして今度は、知っての通り反対側の国によって解放された。だが俺の体には、魔法使いが死んでも魔方陣が残されていたんだ。何故だろうな。軍人たちが、捕虜の中に隷属紋があるのを発見して問題になったんだ。俺は無理やり軍人たちにどこかに連れて行かれたが途中で薬で意識を亡くした。気が付いた時には隷属紋は消えていた。6年前だ」
「消えた……?」
「軍部のどこかで何かの処置をしたんだと思う。俺はそこから逃げ出したので、分からねぇんだが」
隷属紋を消す手段を持っていたということ……?
「俺は、逃げた。逃げ続けて……気が付いたら、元の国に戻っちまってた。まぁ、近かったからなんだが」
逃げなくとも、奴隷制度の無い国に支配され、シルバーの身分はそのままでも平民に戻るはずだったという。
「小さな町で、トマスに出逢った」
トマスさんから話を聞いたばかりだ。シルバーに助けられた恩があるのだと。
「年月が経って、生活が落ち着いて……。トマスに聞かれたよ。故郷に帰らないのか、と。だけど俺は、どうしても生まれた家には帰る気持ちになれねぇ。どうしてだか考えていて、やっと俺は気が付いた。……本名が思い出せねぇんだ。そんなことあるか?」
渇いた笑い声を出す。
「シルバー、それは奴隷に落ちてからの愛称だった。なのに俺は、それを名前だと思い込んでいたんだ。俺は無自覚に、奴隷のまま生きていたんだよ!」
シルバーの笑い顔が泣いているように見える。
「そこからだ、隷属紋について調べ始めたのは。この手にかつてあったんだ。消えた時に隷属の呪いは無くなったと思っていたが、そうじゃなかった。呪いが残っているんだと思った」
私は白き魔物とのやり取りを思い出す。あの子は言っていた。『オマエ、のロイ、ない。フうイン、ナい。ナにモない』
「けれど情報が出て来ない。軍部に接触したが、分かるところまで辿り着けなかった。初めて俺の隷属紋と同じものを見つけたのが……あの、封印紋だった」
シルバーは両手を持ち上げて、じっと見つめながら言う。
「この掌に、刻まれていた紋だった。今はもうない。ああ、俺は、魔物に言われてやっと気が付いたよ!とっくに……解けていたんだろうとな!だけど、俺は……」
苦し気に言葉を吐き出す。
「俺の中からは消えねぇ……消えねぇんだ!肉体に刻まれたおぞましい記憶が、死ぬまでな!!毎夜見る悪夢も、肉体を切り刻まれた記憶も、意識を失っても戦わされる日々も、家畜以下の日常で壊される心も、もう、全部が俺のもんなんだ。奴隷になっちまった俺はもう……昔に戻れねぇ……」
たぶん、とシルバーは続ける。
「俺はきっと……どこかで思い出したくねぇんだろうな……。家族も、遠い存在だ。故郷も。本名も。もう、二度と使わねぇ。帰る場所なんかねぇんだからな。……はっ、隷属紋は消えたのに、俺の肉体が、奴隷のままなのかよ……」
……どうしろってぇ言うんだろうな……。
シルバーはそう小さな声で嗤って言った。




