10.魔物・前
温かい……そう思ってから、はっとする。
目を開けると、すぐ前に銀色に輝くものをみる。髪だ。シルバーのさらさらとした綺麗な髪。どうしてこんなものが目の前に。そう思いながらそろりと視線を上げれば、整い過ぎた顔立ちがあった。この状況、どうやら私は、座っている彼に抱きしめられている。
――「いいか!?聞け!!お前ひとりなら、死ぬ!俺なら助けられる!いいから黙って、助けられておけ!!」
覚えてる。
一人落ちていくはずの私を、彼が抱えてくれたのだ。
一瞬ドキリとしてから、だけど、穏やかではない彼の表情を見て、息を呑む。私を抱きしめながらも、彼は敵を威嚇するように前方を見据えている。
よく見ると今いる場所は、壁一面が輝く石のようなもので埋め尽くされていた。
なにかしら、こんなもの初めて見るけれど……。なんらかの魔法が発動されているみたい。宝石のような輝きでここはとても明るかった。
落ちたのよね。夢じゃないわ。だって私たち二人きりだもの。無事……なのよね。
魔法をいくつも発動させた記憶もある。必死だったから良く分からなかったけど、シルバーも何かしていた。なんとか助かったのだ。私は落ちた先でシルバーに守られている。だけど……。
警戒を解かないシルバーの視線の先にいるのは……あれは魔物なのだろうか?
とても人とは思えない、なにか恐ろしいものが動いている。
「……動くな、姫さん。あいつはやべぇ。刺激するんじゃねぇ」
白く発光する、線の細い人型の魔物のようだった。肌の色も、髪も目も全てが白い。
古代にはこういった魔物が居たと伝承はされている。とても美しく、人のようだったと書かれていた。
シルバーの汗が私に落ちてくる。目の前の魔物から感じる不気味な魔力には恐ろしさしか感じない。とてもではないけど……人間に簡単に倒されるような敵には見えなかった。
「あいつが去ったらここを出るぞ」
「はい……」
その時ふと魔物と目が合った。その顔が笑った気がして、ぞっとした。シルバーが私を強く抱きしめた。
「くそが…………っ」
魔物は私たちの前まで一瞬で飛んできて、驚く間もなく、にこにこと私を見つめた。そうして指差した。胸元のネックレスを。……え?
『へえェ……ソレだァ』
それは言葉を、話した。
魔物が意思疎通出来る生き物であるなんて、知らなかった。魔力の塊のようなものだと学んでいた。けれど形だけの笑みを浮かべている。闇に引きずりこまれそうな恐怖で体がガクガクと震え出した。シルバーが舌打ちし、また私を強く抱きしめる。あまりに恐ろしくて、思わず彼に縋りついてしまう。
『ヤッとワかッタ。ソレがトイた』
「――――っ!?」
シルバーが訝しむように私を見つめた。怯える私を見てシルバーが顔を顰める。私がトク?
『フうイン。キミがトイた』
封印を解いたに聞こえるのが怖い。
『だカラ。コろさなイ。そのコ、イいコ』
……殺さない。
息をすることも忘れて魔物を見つめる。その瞳は本当に何も映していない。真っ白なのだ。脳が壊されて行きそうに感じる果てしない白。
「……これが鍵なのか!?」
「ひ……うっ!?」
シルバーの指先が胸元にかすかに触れる。とんでもないところに異性の指がある。しかも触れてることに絶対気が付いてない。彼はペンダントしか見ていないから。
『オイシいあのコの。チ。フうインソレとく』
「血か!?血の力が入っていたのか?」
『チ、』
「王か!?お前は王に封印されたのか?」
『オウ……ジさマ、ヨバれテた』
「王族が直接だと……?」
痛い。シルバーの手が私の肩に食い込んでいる。
「ならばなぜ!!俺の呪いは解けなかったんだっ!?」
怒りの波動がシルバーから飛ぶ。その波動を浴びて体が引き裂かれそうだ。恐ろしくて息が出来ない。
『……?』
魔物が不思議そうにシルバーを見つめている。
「…ッ……イタッ……ン」
うめき声を上げる私を見てシルバーが慌てて腕を解いてくれる。
「アァ!?すまねぇ……巻き込むつもりは、くそ……っワリィ……」
前髪をかき上げながらシルバーは苦し気な表情をする。
『オマエ、のロイ、ない。フうイン、ナい。ナにモない』
「……………………あんだと?」
地を這うようなシルバーの声も、魔物は気にした様子はない。
『そのコ、フうイン、デきナイ。きカナい、チ。チにチはきかナイ』
「こいつに……封印の魔方陣が効かないのか?」
『ソう』
「血に血?」
二つの視線が私に向けられていて、自分のことを語られているようなのに何も分からない。
「……なに?」
思わず漏らしてしまった言葉に、魔物が反応した。
いや、反応してしまった。
『ミせる』
ぐうん、と音を立てるように、魔物が急速に私に近付いて来て、私の体に触れた。シルバーが反射的に庇おうとしたけれど逃げる暇もなかった。その魔物は私の両頬を掴むと、私を『運んだ』。
たぶんだけど、そこは現実ではなかった。
真っ暗闇の世界で、断片的な情景がつぎはぎで流れていく。夢を見ているような場所で、記憶の濁流にのみ込まれたように思えた。
きっと、人間の記憶の中じゃない……魔物の記憶の中なんだと、その視点から思えた。
小さい小さい生き物が生まれた。
暗い空間の中にひとりきり。少しずつ大きくなっていく中、度々大きな魔物に襲われるけど、魔法で返り討ちにする。
歩いているうちに、見たことがない生き物に出逢う。人間だった。
死に掛けた男は言った。
「人型の魔物だと?そんなものいたのか?……まぁいい、俺はもう死ぬ。瞼を閉じれば、輝くお前を、死んだ恋人が迎えに来てくれたように思えるだろう」
大量に血を流しながら死の覚悟をしたような男は、その魔物が自分に治癒魔法を掛けたことに気が付く。痛みが消え、立ち上がれるようになると、男は魔物に向かって言った。
「なぜ俺を助ける!?」
「?」
魔物は答えなかった。答えられなかった。言葉など知らなかった。
男は薄汚れた格好をしていたが、黄金の髪と高価な服を身に纏う青年だった。
男は逃げられない場所にいた。閉鎖された場所で、魔物とふたりきり。男は独り言のように魔物に話しかけ、すると真綿が水を吸うように魔物は言葉を覚えた。どんな話も理解して覚えていく。その魔物の知性は恐ろしく高いのだろう。
「お前はなぜここにいる?」
「こコでうまレた」
「親はいないのか?」
「?」
「仲間は?共に暮らす者は?」
「イなイ」
「俺はジュードだ。言えるか?」
「じゅうド」
「よし。お前の名は?」
「……?」
「名もなき者か」
魔物は毎日いろいろな会話をしながら、他の魔物を殺した肉を男にやった。
「いいか、俺は帰る。地上に出る。道は分かるか?」
「わカらない」
「お前はどうする?共に来るか?」
「?」
「人と共に暮らしたいか?ここでひとりで生きて行くか?」
魔物は言葉の意味を考えるように首を傾げ、言った。
「じゅうドおモシロい?」
「ん?」
「たノシい?」
「んん?」
「たいクつ?シにたい、きえタくなる。ジブん、ケセる」
「どういう意味だ?」
「マもの、ころセる、カンたん。ヒカり、あテル」
「ふむ?」
「ジブんに、あテル、シ?」
「え?自分を死なせる?」
「ウん、シ。シぬつもリ、だっタ。たいクつ。たいクつ。オワり。きえル。そこにじゅうド、キタ」
「……なんだって」
「きえル、フつう、アタらしく、まタ、ウマレルだケ」
男は驚きに目を見開いて魔物を見つめていた。
「お前はいつでも死ねるのか?それは普通のことなのか?また生まれるのか?」
「ウん」
「死ぬつもりだったのか?」
「シなない。たノシい。にンげん、シりタい。じゅうド。いっしょ、イく」
「……俺は何かしでかしてしまったんじゃないのか?」
「?」
首を傾げる魔物に、男は深くため息を吐き、そうして言った。
「人を殺さない。危害を加えない。守れるか?」
「ウん、コロさナイ」
「お前は、俺を好きか?好ましいと思うか?」
「?」
「死んでほしくないと思うか?」
「ウん」
「そうか、なら、俺に死んでほしくないように、他のどんな人間にも死んでほしくないと思ってくれ」
「ウん」
「それでももし……お前に危害を加え、死んでほしいと思う人間が現れた時には、代わりに俺を殺せ。他の民を殺すな」
「じゅうドころサない」
「そうだと良いがな」
男と魔物は、魔物を倒し、たくさんの会話を交わしながら地上を目指した。




