㉘奥様は人気者
■(視点変更 ⇒メイド)
はい!二度目ましてですね!
私はサーシャ・クタというメイドです!
旦那様の指示のもと、外に出た私はちょうどよく近くを見回っていた騎士の方を呼び止め屋敷へと連れてきたのですが、少しの間に屋敷の前にはとんでもなく豪華な馬車がありました。
これは見たことがある!っていうのは私が元公爵家で働いていたからです!
馬車はデルオ公爵家の紋章を掲げていて、デルオ公爵家の誰かが来ていることがわかりました。
屋敷に入ると、まだ気を失った状態で床の上で寝ているメイドを私は指差し騎士の人に伝えます。
「この人!この家の使用人じゃないのです!
旦那様がスパイの可能性があるっていってました!」
すると騎士の方々も
「なに!?スパイだと!?」
「団長がいうんだ!間違いないだろう!」
「団長の家に忍び込みやがって!!」
「待て!団長は今まで遠征にいっていただろう!?ということは…!」
「「「「あの可憐な奥様になにか危害を!?」」」」
と息ピッタリで状況を把握し、内二人がメイドを連れ去り、残った二人が私に付いた状態で一緒に旦那様の元へと向かいました。
それにしても奥様は騎士団の方にも人気みたい。
公爵家で働いていたといってもほとんど掃除や洗濯がメインで、来客担当とかしたことがなかったから奥様が婚約時期に旦那様を訪問していたことは知らなかった私は、騎士団に人気な奥様に疑問を持ちました。
「奥様のこと、知ってるんですか?」
そんな私の質問に騎士の方達は頷いて答えます。
「ああ!団長に会うために来ていたから、何度かお会いしたことがあるんだ!」
「俺たちの分も差し入れしてくださって、しかもそれが手作り!」
「団長には睨まれたけど、奥様が“口にあったらで構いませんので、皆さんでお食べ下さい”っていってくれたからな!」
「そうそう!奥様のお菓子もそうだけど、奥様自身にも俺たち癒されてたんだよな」
「へー」
どうやら公爵家ではなく、騎士団に直接訪問していたらしい。
奥様がお菓子を作っている様子を見たことが無かった私は口を半開きにして答える。
そして私は思ったのだ。
もしかしたら掃除洗濯の家事を押し付けられてなかったら、今頃奥様は旦那様の為を思いながらお菓子作りをしていたのだろうか。
可愛らしいエプロンを付けた奥様が、「あの…お菓子を作りたいんだけど、一緒に…作らない?」っていいながら私達使用人に声を掛けていたのかもしれない。
「クッキー、少し焦がしちゃったわ」とかいう奥様に「そんなの焦げた内に入りませんよ!」っていって励ましていたかもしれない。
いや、差し入れするほどの腕前ならば「皆の分も作ったのよ。休憩時間にでも食べてくれたら嬉しいわ」とかいってもらえていたかもしれない。
そんな夢のような時間を迎えていたかもしれないと思ったら、私は怒りが爆発しそうだった。
そして怒りのあまり涙が溢れそうだった。
「え!?なんで泣いてるんだ?!」
「ほんとだ!俺たちなにか酷いこと言ったか?!」
そういって心配してくれた騎士の方に私は「違うんです」といって、泣いた理由を説明した。
すると「は!?なんだその状況!!」「今度何かあったら遠慮なくいってくれ!絶対に力になるから!」と責めることなく励ましてくれた。
なんていい人たちなんだと思いながら、廊下を走り続けると元奥様の部屋に近づくにつれて大きな言い争う声が聞こえてきた。
ちなみに、私もバタバタと足音を抑えることなく走っていたし、旦那様も…いや旦那様は冷静な態度だから声を荒げてないか、公爵夫人と変な令嬢が声を荒げているから他の使用人たちも作業を中断して様子を見にやってきていた。
ようは野次馬だ。
だから奥様のお部屋の周りに、部屋の中の様子を伺っていた使用人の壁を乗り越えて、私は入室する。
ちなみに乗り越えたのは騎士の人たちで、私はその後ろについていったから楽々だった。
部屋の中には寝間着姿のままのミリーナという令嬢と、その令嬢を守るように立っている公爵夫人がいて、対面する形で旦那様と公爵様が並んで立っている。
「この子は何も悪くないわ!」
そう叫ぶ夫人はミリーナ様を抱きしめた。
今の今迄寝ていたのだろう、寝間着姿のままで、夫人の金切り声を煩わしそうに聞きながらも、夫人の抱擁を拒否ることなく受け入れる。
それでも表情は困惑の色に染まっていた。
「私は“その女性は誰だ”と申しているんですよ。
先程もメイドに扮して知らない人物が侵入していました。貴方も見ていて、そして認めたでしょう?知らない人だと。
だが今回はその女性をかばっている様子を見ると、どうやら知り合いのようだ。
私は公爵家にいた頃からそんな女性をみたこともありませんが、……説明してくださいますか?」
旦那様がそう言った後、公爵様も追い打ちをかけるように「私にもわかるように説明してもらいたい」と告げた。
(どういうこと…?)
私は公爵様と旦那様の言葉に疑問をいだいたが口には出さなかった。
静かに見守るというのが使用人の姿だからだ。
ちなみに私が部屋に入ったのは旦那様にローブを返す為だ。私が旦那様の遣いであることを示すためだけに渡してくれたローブは返さなければいけないから。
でも、こんな空気なら返すタイミングも掴めないし、部屋に入らなければよかったな。
夫人はわなわなと唇を震えさせて、そして黙り込む。
だが、静まり返る部屋の雰囲気は、沈黙が長引けば長引くだけ、重く息がしずらい雰囲気が漂った。
旦那様と公爵様の、公爵夫人に対する怒りがそうさせているのだろう。
野次馬のように群がっていた使用人たちは、今は距離をとり遠目から覗いているだけになる。
それでも覗いているのは、今後が気になるからだろう。
一月もおかしな雰囲気が続けられれば、流石に今後が気になってしまう。
本当にあるべき形に戻ってくれるのかという疑惑がそれぞれの心に抱かれているのだ。
勿論私もそうだ。
早く元の形に戻ってほしい。
夫人も令嬢もいない環境で、奥様が伸び伸びと過ごせるようなそんな日々に。
そして公爵夫人が口を開いた。
「……この子は、私の子です…」
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