㉕つづき
案内された場所は客室の中で一番広く快適に過ごせるように配慮して作った場所だった。
俺はその部屋をノックもせずに開ける。
すると「無礼者!」という叱咤が飛んできたが、俺の顔を確認した義母が、叱咤を飛ばしてきた口を魚のようにパクパクと開閉した。
「…どうして貴方がここにいるのですか…。訪問を許可した覚えはありませんが」
義母がいることを今知ったという演技をしながらそう告げると、義母は一度口を閉じたあと、すぐに開く。
「…ま、まぁ!家族に訪問の許可なんていらないでしょう!?」
「家族内でも礼儀は必要ですよ。そんなことすら貴方は知らないのですね。…それで?そちらの侍女も引き連れてやってきたと?」
ちらりと義母の体をマッサージし、世話をする一人のメイドに視線を向けると、メイドはびくりと体を揺らす。
悪いことをしたと自覚があるのか、少しうつむきがちになるが、髪の毛を後ろに束ねているため容易に容姿を確認することが出来た。
「な、なにをいっているのです…。彼女は貴方が公爵家から連れてきた使用人でしょう?」
「貴方こそなにをいっているのですか。二十人しか雇用していない使用人の顔と名前を私が覚えていないとでも?
その女性は私が選んで連れてきたメイドではありませんよ」
「まあ!彼女に失礼だと思わないのですか!?
主に忘れられるだなんて、なんて可哀そう……」
「くだらない芝居はおやめください。貴方の使用人でなければその者は騎士団の情報を狙ってやってきたスパイとして取り押さえるだけですよ?」
「なっ!!」
わなわなと顔を青ざめさせるメイドは、それでも義母の指示を待っているのか何度も何度も義母の顔色を窺った。
その様子を見て俺は少しだけ口端をあげる。
勿論気付かれないよう、思考しているという風に装って口元に手を添えた。
「……となると、この屋敷の使用人ではない人物に世話をさせている貴方も十分に怪しいですね。
もしかして義母の姿で乗り込んできたスパイですか?それならどちらも取り押さえなければいけませんね」
首を傾げながら怪訝そうに義母をみると、義母はマッサージされていた手を振り払い立ち上がり、メイドから距離をとった。
「ち、違うわ!!!!!」
「なにが違うというのですか?」
「私は正真正銘の貴方の母よ!このメイドの事なんて知らない!貴方に会いにやってきたらこのメイドが世話役として付いただけなの!スパイだったなんて知らなかったわ!私は無実よ!!」
「そんな!"奥様"!」
「やめて!」
縋りつくメイドに、突き放す義母。
なんて滑稽な光景なんだと俺は思った。
寸劇でもしているかのような二人に近づき、俺はメイドを取り押さえ、その手首に手枷をはめる。
「いや!おやめください!アルベルト様!」
両腕を背中に回されながらもなんとか体を動かし、手枷がはめられないよう妨害しようとしていたが、世の中には逃亡しようとこれ以上に必死な行動を見せる輩がたくさんいるのだ。
これしきの抵抗しか見せない女の腕に、俺は難なく手枷を嵌める。
すると突然女が震えだす。
「どうして……、どうしてなの!?私は貴方の為になることしかしていないのに!!どうして!!!どうしてよ!!!」
いきなり前触れもなく涙を流して訴える女。
その怒鳴りにも似た叫びに眉を顰めながら、俺は女の首に手刀をいれて気絶させ、扉の外に待機させていたメイドに声を掛けた。
「クタ!」
「あ、は、はい!」
僅かに開かれていた扉を全開にして姿を見せたメイド、サーシャ・クタはびくりと体を強張らせる。
俺はすぐにメイドを委縮させた原因に視線を向けた。
「……彼女になにか?」
「な、なにもないわ……」
義母はなにも言わず俯く。
いや言えなかったのだ。
義母付きのメイドは義母本人が無関係な人物であると主張した為、屋敷に潜入していたと思われている女を捕まえたこの状況下で、俺が雇った使用人を責めるのは流石に筋違いだとわかっているのだろう。
なにも言えない義母がそれでも怖いのか、扉から離れないメイドに、俺は自身が羽織っているローブを投げ渡した。
「この時間なら騎士がこの辺を見回りしている頃だろう。
それを見せて騎士を連れてきてくれないか」
「は、はい!畏まりました!」
俺のローブを受け取ったメイドはすぐに去っていく。
状況が悪い事を察した義母は長く伸ばした爪を噛んでいた。




