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⑭記憶がなくなってました



□(視点変更→メアリー)




目を覚ました時、まず最初に思ったことは“ここはどこ?”でした。


見たこともない場所で私は少し硬いベッドの上に横になったまま、部屋の中を見渡しました。

小さな机。

それでも勉強するには十分なくらいの大きさの机に、扉の近くにはバケツやモップ、ほうきにちりとり等の掃除道具が置かれていました。

そして私の仕事着なのでしょうか、部屋の片隅にはメイド服が一着かけられています。

ですが、それだけでした。


私がメイドの仕事をするとなれば、横たわっている自分でも確認できる程の長い髪の毛は邪魔になります。

それを綺麗にまとめ、確認する為の鏡もありませんでした。


(もしかして、ここはあまり裕福ではない家なのかしら?)


そうであれば納得でした。

貴族というものは例え経済的に厳しくとも見栄を張る場面も必要です。

その為には最低でも一人は使用人を雇わなくてはなりません。


私は自分の置かれている状況をある程度理解することが出来ました。


裕福ではない屋敷の使用人。

それが私だと。


ですがそれだけ。

とても重要なことを思い出すことが出来ていません。


まず一つ目。

私自身の事。

仕事はわかりました。

ですが私は私の名前すら思い出すことが出来なかったのです。


そして二つ目。

私を雇っている主様のお名前を思い出すことができないことです。

メイドの仕事はきっと体が覚えているでしょうが、主様の名前は記憶がないと思い出すことも出来ません。



そして三つ目。

私の体の異変です。

寝る前にどこかにぶつけたのでしょうか、体に力を入れ少し起き上がろうとしただけで頭に痛みが走り、体を起こすことも出来なかったのです。

忘れてしまっている記憶を思い出すためにも、起き上がり、この部屋をでて他の情報を得なくてはならないのですが、それが出来ないのです。


私は諦めてはぁと息を吐き出しました。


するとガチャッと扉が開いたのです。

鎖骨程の長さの髪の毛を左右に結い、この部屋とあるメイド服と同じデザインのメイド服を着用した彼女は、大きな目を更に大きく見開いていました。

そんな彼女からはとても驚いた感情が伝わってきました。

そしてすぐに涙が浮かべ 、「奥様!!!」と大きな声を上げながら駆け寄ってきました。

私は奥様と呼びかけられたことよりも、彼女が泣いていることのほうが衝撃的でした。

彼女は私が寝ているベッドの近くまで駆け寄った後、膝をついてふえんふえんと泣きました。


「あの…大丈夫ですか?辛いことがあったのですか?」


私は思わずそう尋ねました。


「だって、だって奥様が!!」

「“奥様”が?」

「倒れていたんですよ!?私が仕事で起きた時、玄関先の廊下で!!!」

「それは…大変な現場をみたんですね」


ふえんふえん泣く彼女の驚いた気持ちはわかりました。

そして彼女が“奥様”のことを好きな気持ちもわかりましたが、それを何故私にいうのかがわかりませんでした。

勿論驚いた彼女の気持ちに共感することができます。

雇い主が倒れている現場に鉢合わせたら私だってどうすればいいのかと戸惑い、そして彼女のようになっていたかもしれません。

ですが、何故か彼女からは共感して欲しいというよりも、別の感情が伝わってくるような、そんな気がするのです。


「“奥様”?」


彼女は反応に困っている私に気付いたのか、涙を流し続けながらも顔を上げました。

ぼろぼろと流れる涙を拭いたくなる気持ちが湧き出て来ましたが、今の私は少しの動作だけでも痛みが走るため手を伸ばすことはしませんでした。


「……どうして私に向かって奥様というの?」

「え……」

「?」


私の言葉が変だったのか、彼女の流れ続けていた涙は止まり、先ほどよりも目を見開きました。

そして、口をパクパクと開閉します。


「…あ、あ、ぁ…、た、大変だあああああああ!!!!!!!!!」


まさしくこれぞ大絶叫ともいえる声量を彼女は出して、そしてこの部屋を物凄い勢いで出ていきました。

勿論扉は開かれたままです。

途中なにかが落ちる音というか、ぶつかるような音が聞こえてきました為、私はそっと心の中で彼女の無事を願いました。






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