間一髪でした
「レリヤ。なぜここに……」
ダンジョンでどんな窮地に立っても、ここまで険しいしたことは無かっただろう。そう思うほど、キリヤの表情は苦々しく、また怯えているようだった。
頭の横に美しい髪飾りをつけた女性は、紅に染められた唇を禍々しく歪めた。
まるで赤い三日月を思わせる形に、少なからず狂気を感じる背筋を悪寒が走る。
レリヤ、と呼ばれた女性はその血のような瞳をリーシェに向けた。
「ふぅ〜ん。それが『技の力』の所有者?思ったよりも可愛らしい女子だの」
獲物を狙う獰猛な獅子のような視線だった。
キリヤが背中にリーシェを隠した。少年の肩越しに成り行きを見守る。
「レリヤ。なぜあなたがここにいる?てっきり戦闘狂は街から出ないものとばかり思っていた」
リーシェに対する時とは異なり、厳しい声音と口調で女性に問い質した。
レリヤは髪飾りを揺らしながら笑う。
「戦闘狂だからこそ、神たる伝説の存在と手合わせしたいと思うのは普通であろ?」
「1つ訂正を。伝説の存在は神ではなく、絶対神に勝手に存在を昇華された人間だ。僕たちの勝手な崇拝で、彼女を神扱いするな」
リーシェが神殺しを目論見、僅かながらに神に不快感を抱いていることを知っているキリヤ。
討伐対象と同じ括りにされたリーシェを気遣い、少年はレリヤの言葉の端を否定した。
「そのような細かなこと、どうでも良いわ。私はただ、この刀を、この心を、そこな女子にぶつけたいだけだからの!」
女性が地を蹴る。
凄まじい勢いで草の大地がめくれ上がり、風よりも早くイリヤは肉薄した。
瞬きのうちに振り下ろされた銀色の輝きを、こちらも目を見張る速さで抜刀したキリヤが受け止めた。
一体どんな威力だったのか、刀同士が衝突した瞬間突風が巻き起こり両者の羽織を激しくはためかせる。
「邪魔だ!どかぬか貴様ぁ!」
「どけと言われてどくはずがないだろ!」
2人はあっという間に何合も刀を打ち合い、穏やかだった草原が瞬く間に踏み荒らされていった。
突然の状況と女性の善悪がイマイチ判断できていないリーシェは、見ていることしか出来ない。
少年が重傷を負うことがあればすかさず援護に回るが、彼らの実力は拮抗しているのか掠り傷が重なるばかりだ。
キリヤが激しく動く度に少年の髪に付いている鈴が鳴る。軽やかな音は戦闘には合わないはずなのに、まるでその鈴が戦いに勢いを持たせているようだった。
レリヤの上段切りをキリヤが受け流す。返す刀で少年がこめかみに打撃を加えようとするも、レリヤは驚くべき反応速度でそれを躱した。
恐らく刀が受け流されバランスを崩した勢いのまま、体勢を低くさせたのだろう。
紙一重で攻撃を繰り出し合う戦いは終わることなく何分も続いた。
茫然と見ていたリーシェだったが、不意にさっきを感じてどの場から飛び退く。
一瞬前までリーシェがいた場所に音もなく一振の刀が刺さっていた。
避けていなければ今頃リーシェを串刺しにしていただろう。
「は?何避けてんだよ。空気読めねーの?」
不機嫌な声が上空から降ってくる。
突き立った刀のすぐ横に男性が空から着地した。
「空気?生憎と、声もかけずに殺しにくる人に対する気遣いなどありません」
一切の油断なく男を睨む。
三白眼が特徴的な男は刀の嶺を方に置きながら、せせら笑った。
「おー怖ぇな〜。いつまで経っても来ねぇ神さんを迎えに来てやったってのによ」
「勝手に神に祭り上げないでください。そもそも、行動と言動が一致していません」
「ちょっと刺そうとしたくらいでネチネチすんなよ。面倒くせーな」
背後で2人の戦闘が中断されたのを感じる。
キリヤとレリヤが闖入者に気づいたのだろう。
少年が名前を呼びながら駆け寄ってくる。当然のように背中に追撃しようとする敵の刀を躱しながら、彼は隣まで寄ってきた。
そして、乱入してきた男の顔を見ると歯を食い締めた。
「まさか、戦人族きっての戦闘狂が同じ場所に集まるとは」
どうやら到着早々、かなりまずい状況に陥ったようだった。





