第七話 王子さまがやって来ました
雲一つない空。爽やかなそよ風。燦々と輝く太陽。
絶好のお洗濯日和だ。昨日は雨だったので洗濯物が溜まっていた。
草で編まれた篭いっぱいに布団や服を入れて、家の前に作った洗濯竿へ向かう。
大体の汚れは前もって、薬草と水で洗い流しておいたのであとは太陽に任せよう。
パンッパンッと引っ張ってシワを伸ばし、バサバサと振って形を整える。
布団は専用の竿にかけて、畑作業の時に来ている作業服は形が崩れないようにまっすぐ干しておく。
下着の類いは外に干すのは流石に恥ずかしいので、屋内の日当たりのいい場所に干してある。
そよそよと優しい風にのって、町からいつもと違う歓声が聞こえたのは全ての洗濯物を干し終えた直後だった。
「? なんだろう?」
と疑問に思ってからはたと思い出す。
王都の王子が調査団を連れて町に来るのが今日だったはずだ。商人さんが来てからもう一週間も経ったのかと、時間の流れの早さを感じた。
「たくさんの発明をしている王子さまは、一体どんな方なのでしょう?」
セルタの住人として出迎えにいかないわけにはいかないので、急いで洗濯篭を置いて丘を駆け降りた。
丘から続く町の北口にアンの見慣れた背中があった。
傍まで駆け寄ると見てごらんと町の正門を目で示す。
王都から来た調査団と思われる一団が町長のリーから挨拶をされているところだった。
数メートル離れたところまで近づいて様子を見守る。
もう七十歳なのに全く腰が曲がっていないリーは、胸を張って堂々と調査団を迎え入れていた。
総勢二十名の調査員達は、動きやすさを重視した軽装に、日の光を遮る通気性の良いマントを着ていた。腰からぶら下げた長剣は鞘まで装飾が施されていて、一級品だということがすぐにわかる。
そして、その先頭に立って感情が読み取れない顔で町長の話を聞いているのが噂の王子だろう。
調査員が装備していたものも一級品だったが、さすがに王子ということもあってそれの最高性能のものを身に付けていた。
剣の装飾も比較にならないほど美しく、また凝っている。
外見もリーシェでも分かるほど美麗に整っていた。
髪は漆黒だが艶があり、さらさらと風に揺れる様は絹糸のような手触りを容易に想像させた。瞳は対照的な黄金を宿していて、まるで夜空に浮かぶ月のようだった。
長い間研究に没頭して城から出ていなかったらしいので肌は白かった。
「なんだか、どこか儚げな雰囲気をお持ちなのですね」
思ったことを口にすると、アンも神妙な顔をして同意する。
「確かに、十四歳っていう年齢の割には大人びているね。もうちょっと背が大きかったら二十歳といわれても違和感のない雰囲気だよ」
「ところで、王子さまが探しているものって何でしょうね?」
"さぁね~"とのんびり返すとアンはシュウが悪さをしないように自宅へ走っていった。
シュウはアンの一人息子で、旦那さんは二年前に病気で亡くなっているらしい。そのためアンは常にシュウを案じていた。
強き母の背中がどんどん遠ざかっていくのを見ていると、王子の凛とした声が響き渡った。
「僕は西の大陸、<王都 ラズリ>のラズリ王家第一王子、ラピス・ラズリだ!今回はとある調査のためにセルタへ来た!これから僕が言うことを速やかに実行して貰いたい!」
王子……ラピス様は町を見回しながら命令した。
「今から一人一人、調査員の前に並べ!」
彼がそう言った瞬間、後方の調査員達が横一列に並んだ。
誰でもいいからその前に列を作れと言うことだろう。
王子一行を出迎えるためとただの見物とで周りに集まっていた町の人々は、王族の命令に首をかしげながら適当なところに並んでいく。
リーシェも、一番近くにいた調査員の前に並んだ。
セルタの人口はおよそ六百人。
調査員の人数に対して比率が圧倒的に多いので、どの場所も長蛇の列となっていた。
列の中間辺りに並んだリーシェは自分の順番はすぐには来ないだろうと最初は思っていたが、列は止まることなく進み続けた。
先頭を覗き見れば、どうやら特に言葉を交わすわけでもなく調査員が町民の顔を見るだけで首をかしげるばかりだ。
すでに順番を終えて脇に戻った人も怪訝そうに眉を潜めている。
そうしてあっという間にリーシェに順番が回ってきた。
自分も一秒も経たないうちに帰されるだろうと思っていたが、調査員と目が合った瞬間彼は顔色を変えた。
「ラピス様!!」
突然、王子を呼んでこちらの手首を掴む。
そのまま半ば引きずられるように、早足で距離を詰めてくるラピス様のところへ連れていかれた。
他の調査員も並んでいた人々も、みんなが連行されるリーシェに視線を送る。
大勢の人に注目されて思わず下を向いてしまった。
「見つかったか?」
すぐ近くまでやってきたラピス様の声が、頭上から聞こえる。
おずおずと顔を上げて端正な顔を見た。
相手もこちらを観察していたようでバッチリと視線が合った。
「ふむ……。若草の瞳。赤茶色の髪。そして、翡翠の宝石……。間違いないようだな」
いつも体のどこかにつけている緑色の装飾品を言われて、リーシェはますます混乱する。
「あの……、このアクセサリーが何か?」
口を開いた途端、ふくらはぎに鈍い痛みが走った。
びっくりして振り向くと調査員が剣の鞘を構えていた。
「ラピス王子は発言をお許しになられていない!勝手に口を開くな!」
久しぶりの理不尽な怒声を浴びせられて、リーシェの心に火が灯る。
キッと眦を上げて反論しようとすると、それより先に王子が調査員を制した。
「良い。お前は下がっていろ。それと、コレは大切な鍵だ。二度と無礼なことをするな」
「は、はっ!失礼いたしました!」
「さて。二人だけで話がしたい。お前の家へ案内しろ」
人をコレ呼ばわり。高圧的な物言い。
この男はリーシェがもっとも嫌いな人間だ。
まるで凍りついたかのような冷たい表情に、人間らしさはない。ただ、人の顔を形取っただけの繊細な人形が、月色の瞳に僅かな高揚を乗せて自分を見ていた。
「あぁ。これは王族の命である。お前に拒否権はないので早く歩け」
相手は王族。
ここで下手に逆らって、アンたちに迷惑をかけたくない。
リーシェは渋々と王子を連れて町の北口へ向かった。





