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俺にとって……

 薄汚れて。痩せ細って。傷だらけな。それでも誇り高い自分の過去の姿。

 冷たく淀んだ若草の瞳。他者を寄せつけない、野生の犬のような空気。


 子供特有の高い声でアズリカの頭の中に話しかけてくる。


『お前にとって、魔法はなんだ?』


 すぐには答えの出せない問いにアズリカは言葉に詰まった。

 かつて、「拘束魔法」は自分にとって唯一の生きる理由であり、また死を望む理由だった。


 誰も彼もが希少な魔法しか見てくれない。魔人の女王しか真にアズリカと向き合ってくれる人はいなかった。


 自分自身よりも愛され大切にされている「拘束魔法」に、みっともなく妬み、嫉み、憎み、怒った。


 けど、魔法のおかげでアズリカは生き延びることが出来た。魔法がなかったら、リーシェにも会えず、薄暗く薄汚れた路地裏で死んでいただろう。


「俺にとって魔法は、死にたかった理由だ」


 まだまとまっていない考えを、口の中で転がしながらアズリカは言葉を紡いでいく。


『……』


「俺にとって魔法は、生きたかった理由だ」


 自分から、自分の存在価値を奪い取っていく魔法が許せなかった。


 自分に、存在価値を与えてくれた魔法が大切だった。


 この魔法があるから自分は愛されない。

 この魔法があるから自分は生かされる。


 紙一重の矛盾。それでも確かに心の中に存在した感情。


「俺にとって魔法は、いつだって『理由』だった。そこにいるための理由。卑し子が序列に加わるための免罪符」


 魔法によってアズリカは救われた。しかし、魔法があったからアズリカは死ぬことを望んだ。


 路地裏にいた頃は……目の前にいる子どもの姿だった頃は、どんな手段を使ってでも生きようと足掻いていた。「拘束魔法」は生への執着を奪っていった。


 愛されることを奪った。憎くて愛おしい、憎愛の対象。


「そういう風に、思ってたんだ」


 だが、今は違う。

 理由でも免罪符でも憎愛の対象でもない。


「魔法は俺にとって手段だ。リーシェを守る、たった1つの方法だ」


 考えはまとまった。凛とした面差しで答えると、少年期の自分は酷薄に笑った。


『変わったな。お前。俺とは大違いだ。同じ……俺なのに』


「変わってないさ。ずっと同じままだ。泥臭くて、餓鬼っぽい、元の俺に戻っただけだ。お前という自分を取り戻せたからな」


『もう過去が憎くないのか?』


「憎くない」


『あんなに俺をウザがっていたのに?』


「悪かったって。お前は俺の誇りだよ。よく生きていてくれたな」


『我ながら都合の良い奴だな。じゃあ次の質問に答えろ』


 軽くため息をつく姿は自分によく似ていた。自分自身だから当たり前だが、なんだか不思議な気分だ。


『お前、両親は憎くないのか?俺たちを捨てた親と呼びたくもない親が』


「また嫌な質問だな」


『当たり前だろ?お前にとって嫌な質問をしなきゃ、お前自身を見つめ直すことは出来ないからな』


 親について、考えたこともなかった。

 親がいるとはどういう事なのか、アズリカは知らない。


 親から貰う愛情。親から貰う理不尽。

 そんなもの気にならないほど必死だった。

 正直、今もどんな感情を抱いているのか分からない。


「特に思うことは無い」


『その回答は認めない。なぜならお前はその答えを持ってる。俺がその答えを知ってる』


 淡白な答えを返すとピシャリと切り捨てられた。

 過去の自分が親にどんな感情を抱いていたのか、アズリカは昔の記憶を紐解いていった。


 暴言。暴力。蔑み。偏見。

 汚いものを見る幸福な者の視線に怯えていた。彼らの言葉に苛立っていた。

 暴力に耐え、暴言を聞き流し、蔑みは甘んじて受け入れ、偏見は偏見で返した。


 誇り高い過去の中で際立つのはこれらの感情ばかりだが、影のようにひっそりとこびり付いた感情があったような気がする。


「この感情は名前が分からないな」


『そろそろ眠いから早く答えてくれない?』


「お?子供は寝る時間か。ちょっと待て。名前がわからないんだ」


『馬鹿にするな。自分の感情くらいはっきりさせろ』


「……これは、『喜び』か?俺は捨てられて嬉しかったのか」


 何故だろう。どうして自分は喜びを感じているのか。まさか新手の被虐趣味という訳でもないだろう。


「なぁ。なんで俺は喜んでいるんだ?」


『それが分からないうちは6階層に降りれないな。精々悩んでろ』


 子供の自分に馬鹿にしたような笑顔を向けられて、アズリカは僅かな焦りを感じながら追憶に耽けるのだった。


 ☆*☆*☆*


 黒い髪。黒い瞳。

 白い不思議な服を着た青年がラピスの前に立っていた。


 記憶にあるその姿に、ラピスは青年の名前を呼ぶ。


「セト ダイキ。なぜお前がここにいる?」


『問おう。お前にとって、記憶とはなんだ?』


 ラピスの質問には質問で返される。

 考えたこともなかった問いかけにラピスは乱暴に指先で黒髪を乱した。


『問おう。お前にとって、俺はなんだ?』


 問いは重ねられ、今まで散々利用してきた前世の記憶と向き合うことを余儀なくされる。


 考え始めたラピスの首にいつの間にか手が這わされていることに気づけないまま、少年は目を閉じて思考の海を漂い始めた。




自分を見つめなおす。その先にひらかれる道は今までとなにか変わっているのか。


あなたにとってあなたとは?

あなたにとって過去とは?

あなたにとって思い出とはなんですか?

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