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雪が降りました!

 収穫を終え、ずっと眠っていた暖炉に温かい灯りが灯る頃。

 セルタにも冬の知らせが届いた。


 外に出て朝一番の空気を深く吸っていたリーシェの鼻先に、冷たいものが舞い降りた。


「あ……雪」


 ハラハラと穏やかに降り始めた雪は、芝の上に落ちては溶け、落ちては溶けを繰り返すうちに少しずつ積もっていく。

 きっと明日になれば美しい銀世界が広がり、視界に広がる風景の様相をガラリと変えるだろう。


 ようやく感じ始めた寒気にフルリと体を震わせると、リーシェはまだ雪を見た事がない青年を呼びに自宅の中へ入っていく。


 秋の入り初めに、こちらへ来て早々部屋を変えて欲しいと言ったアズリカは、現在、使っていなかった物置を部屋として使えるようにした場所で寝起きしている。


 リーシェが住んでいる家は部屋ごとに構造が大きく変わるということがないので、物置と言っても用途さえ変えれば寝室にもすることが出来る。


 かつて青年が使っていた衣装部屋から寝具や机を運び出し移しただけなので、多少日光の入りが悪くなっただけで問題なく生活していた。


 まだ太陽が登りきらない時間なので、部屋に入るとアズリカは瞼を閉じて眠っていた。

 ちなみにアズリカの部屋は1人で使うには大きかったので、急遽居候が決まったラピスも部屋の反対側の簡易ベッドで安眠中だ。


 ラピスには前世の記憶もあるので雪を見た事があるだろう。彼にとってそこまで珍しいものでは無いと思うので、少年は起こさないでおくことにした。


「アズリカ……。アズリカ、起きてください」


 布団に隠れた胸元を優しく叩くと、青年はモゾモゾと動き始めた。

 布団を顔まで引き上げようとする手を掴むと、ようやく瞼の向こう側から若草の瞳が姿を見せた。


「おはようございます。アズリカ」


 フワッと微笑むと、青年は聞き取れない言葉を言ってから体を起こした。

 ラピスがまだ熟睡中なのを見て何故か勝ち誇った顔をする。


「フッ。まだまだ子供だな」


「何言ってるんですか?まだ6時前なんですから、起きてる方が不思議ですよ」


「リーシェだって起きてるだろ」


「私の場合は体に染み付いてるんです」


 10年もの間、1日も休まず早朝から活動していれば勝手に目が覚めてしまう。

 リズムとして染み込んでいるのだと小声で伝えてから、まだ眠気眼のアズリカの腕を引っ張った。


「寒っ!素足寒っ!」


「昨夜、靴下履いて寝てくださいって言いましたよね?」


「履いて寝たが、寝ている間に脱げたんだ」


「じゃあ、後でベッドの中を探してください」


 低気温には慣れていないアズリカが爪先歩きでリーシェに引っ張られ、玄関で厚手の上着を着せられる。


 既に鼻の先を赤くさせた青年を外に連れ出すと、空から落ちてくる白いものに気づいたアズリカが息を止めた。


「これは……」


「雪です。地下国家にずっと居たなら、見たことないですよね?」


「冷たい。物体じゃないな。どういう理屈で降ってるんだ?」


「そういう難しいことはラピス様に聞いてください。私も分かりませんから」


 雪がどんな理屈で降っているかなどリーシェも知るはずがない。きっとあの物知りな少年なら得意気に答えてくれるだろう。


「1日も経てば真っ白な世界ができると思います。雪は水分を含んでいるので固めて遊ぶことも出来るんですよ!」


「固めてどう遊ぶんだ?」


「色々できます。雪合戦とか、雪だるまとか作れますし、たくさん雪があればドーム型に固めてかまくらを作ることもできます」


「そうか。リーシェは作ったこと、あるのか?」


 どこか躊躇いがちにされた質問に少女はそっと首を横に振った。


「ビーグリッドでは遊ぶ余裕なんてありませんでした。村の子供たちがそうして楽しんでいるのを遠目に見ていただけです」


「悪いことを聞いたか?」


「いいえ。ずっと前のことですから、もう何も思いません。私は今、とっても満たされているので、過去を気にしている暇なんてありませんから」


「じゃあ俺とお前は、これが初めての本当の雪だな」


 なんだか変な感じだ。

 リーシェも雪を見た事もあるし触れたこともあるのに、アズリカがそう言うから初めてのように感じる。


 きっと今と昔の状況が大きく変わって、雪への印象も多くき変わっているからだろう。


 ビーグリッドいた時、リーシェにとって雪とは決して良いものではなかった。


 薄手の服をすぐに濡らすし、道は埋もれるし、水は冷たくなる。スティは寒さに苛立って余計荒々しくなる。なにより、スティにつけられた傷の治療に使う薬草が生えないので、怪我をした時は治りが遅いどころか悪化することもあった。


 リーシェの傷口から溢れた血ですぐに染まるから、自分が傷ついていることを酷く自覚してしまって虚しくなる。

 汚い身なりだったから、遊んでいた子供たちに雪玉を投げつけられることだってあった。


 だけど今は違う。

 今は、雪がこんなにも美しいと感じる。

 寒いはずなのに。冷たいはずなのに。なぜか温かいと感じる。

 それはきっと、優しい人が隣にいるからだ。暖かい人々が、丘を下った先にいるからだ。

 リーシェを傷つける人がここにはいないから、景色を美しく魅せる雪がこんなにも愛おしいのだ。


 白いキャンパスは笑顔を引き立たせる。上記した赤い頬を映えさせる。

 記憶にくっきりと残って、色褪せない。


 アズリカの言葉に今度は強く首を縦に振った。


「そうですね。こんなに暖かい雪は、私も初めてです。これから本格的に来る冬が、楽しみですね」


 春になれば大きな戦いが待っているだろう。

 ならばそれまでは、未だ真っ白な冬の幸福な記憶に色をつけさせて欲しいと、リーシェは誰にでもなく祈った。



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