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俺もここに住むか!

 空になったティーセットを持ってキッチンに戻ったリーシェの背中を見送ると、ラピスは嘆息した。

 たった3ヶ月離れていただけで、ここまで状況が変わっているとは思わなかった。


 てっきり平穏に畑を耕しているものと思っていたが、ビーグリッド絡みで面倒なことになっていたようだ。


 ソファの背もたれに体重を預けた少年に、アズリカが問いを投げた。


「そういえば、イグラスにリーシェを助けに来た時引いていた軍はなんだ?魔境谷では別の装備をしていたが……」


 それについてラピスは思わずといった風に苦笑いを浮かべてしまった。

 14歳には見えない窶れた顔でより深く椅子に沈み込む。この姿だけ見ればまったく王子に見えないだろう。


「リーシェが監禁されている2ヶ月の間に俺が編成した騎士団だ」


 騎士団の名は「ルナ·シュヴァリエ」。ラピス直属の大規模な騎士団で、リーシェ救出にためだけに編成された。

「知の力」のエンチャント効果の恩恵を長く受けることが出来る特殊な鎧を装備している。この鎧は作るのが難しい訳では無い。

 王都の外れにある「古代の岩山」から獲れる鉄鉱石を加工するだけだ。


 王都の大地に染み込ませている「知の力」の影響を少しだけ受けているので、付与効果を長く留まらせることが出来る。


「魔法」を使う魔人に対抗するために、ラピスが三日三晩徹夜で編成案と人員選出をし、職人たちに装備の加工を命じて、禁足地に足を踏み入れる許可を王からもぎ取ったのだ。

 賢明で聡明なラピスが作り上げた騎士団は非常に優秀で、1度限りの運用のつもりが常時運用するように王から勅命が下った。


 そのせいで常時運用するにあたり、装備の整備をしてくれる職人をかき集め、役職を決め、さらに騎士団の駐屯地に使う土地の厳選、整備、建物の設計。それらに伴う費用の調整や人員の補給など、諸々をする羽目になった。


 その他にも、禁足地への入足許可をもぎ取った際に突きつけられた王からの条件をこなし、魔境谷に足を踏み入れたことで騒ぎ立てた一部の上層部の人間を黙らせることもした。


 まだ全て片付いた訳では無いが、残りカスのような仕事はルブリスに任せてラピスは逃げ出してきた。


「リーシェが魔境谷に行くのなら騎士団を動かすつもりだ。そのための『ルナ·シュヴァリエ』だからな」


「『ルナ·シュヴァリエ』ってなんですか?」


 アズリカに言ったつもりが少女の声で返答がして、あまりにも疲れていたラピスはアズリカが女性の声を出したのだと、一瞬だけ青ざめた。


 首がもげそうな勢いで声のした方向を見れば、紅茶を温め直したリーシェが首を傾げて立っている。アズリカの喉がおかしくなったわけでも、ラピスの耳が狂ったわけでも無さそうだ。


「なぁ。今バカなこと考えたか?」


 妙に感の鋭い青年の言葉を全否定してから、本日2杯目の紅茶を嚥下する。


 とりあえず落ち着いてからリーシェにも騎士団について説明した。

 内容をしっかり理解したらしい少女は、厳しい顔をしてラピスを見つめる。


「私が魔境谷に行くからと言って、そんな大掛かりなことをしなくて大丈夫です。騎士団の方にはもちろん、ラピス様にも申し訳ありませんから」


「でもアズリカは行くんだろ?」


「本当ならアズリカにも家で待っていてもらいたいですが、この情報を持ってきたのはアズリカなので完全に無関係ではありません」


 どうしてもラピスに来て欲しくないらしい。

 リーシェに冷たく突き放されたような気持ちになって、王都では決して味わえない胸の痛みが走った。


「俺は、関係ないのか?」


「そういう訳ではありません!ただ……」


「ただ……?」


 不自然に切れた言葉の続きを促せば、少女はちょっとやけくそ気味に言った。


「疲れて今にも死にそうなあなたを危険な目に遭わせたくないし、迷惑をかけたくないんですよ!」


「死にそうだなんて大袈裟な……」


 今度は、笑い飛ばそうとした少年の言葉が不自然に途切れた。


「大袈裟なんかじゃありません!鏡を見て言ってください!そのトマトみたいに真っ赤に血走った金色の目!ナスみたいな色がこびり付いた目の下!何より頬が前より痩せています!ちゃんと寝ていますか!?ちゃんと食べていますか!?ちゃんと毎朝、ご自身の顔を見てますか!?」


 いつの間にか部屋を退室していたらしいアズリカが、手頃なサイズの鏡を持って客間に入ってきた。

 無言でラピスの顔の前に掲げられた、移った顔を見る。


「わお」


 無意識にそんなに声が出る程度にはラピスの顔は酷いものだった。

 確かに今にも死にそうな男の顔が、鏡の中で間抜け面を晒している。


 リーシェが渋る理由にも納得だ。

 だが、そうと分かれば説得は簡単だろう。


「じゃあ、3ヶ月セルタで休養すればいいか?」


 疲れたラピスが心配なら健康体そのものになればいい。

 しかしそれは王都では絶対に得られないので、少年もリーシェの家でお世話になることにした。


 今だから言うが、リーシェとアズリカがひとつ屋根の下で暮らしていることも、ラピスに心労を重ねている原因の1つだったのだ。

 その屋根の下に自分も加えてもらえれば憂うことはだいぶ少なくなるだろう。


 ルブリスには申し訳ないが、こういう時のために仕事はある程度片付けてきたし、優秀で信頼に足る人員も集めてきたのだ。


 目を白黒させる少女と青年に「決定事項だ」と告げると、王子の命令には逆らえない2人は同時に叫んだのだった。

冬越えはラピスも加わり賑やかになりそうですね

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