贅沢な悩みだ
「馬鹿だな」とアズリカは思う。
誰に思うかなんて決まっている。目の前で美味しそうに野菜炒めを食べている少女だ。
ちなみに自分の皿は全て空になっていて、アズリカは暇潰しにリーシェの食べる様子を観察していた。
食べ方の効率が悪いだとか、食べ方が汚いだとかそういう訳では無い。食事に関係なくアズリカは少女のことを馬鹿だと思った。
アズリカは今年で18歳のれっきとした男だ。当然、そういう「欲」もある。
それなのに彼女は自分を同じ屋根の下で暮らすように言ったのだ。
宿を借りようと思っていたアズリカだったが、リーシェに部屋が余りすぎて困っているから使って欲しいと言われれば強く断ることも出来ず、成り行きで一緒に暮らしていた。
リーシェだって女の子だ。そういう知識も本能的に知っている年だろうし、余っている部屋の中から自室に1番遠い部屋を貸してくれるのだろうと思った。
だが現実は違ったのだ。
アズリカに与えられた部屋は、彼女の自室の隣にある使われていない「衣装部屋」だったのだ。
天井に窓が着いているその部屋は、実際とても快適で部屋自体に何も不満はない。
だが、毎夜毎夜となりにリーシェがいるという事実がアズリカに慢性的な寝不足を引き起こしていた。
毎日目の下に隈を作る青年の様子を、リーシェはこう勘違いした。
「新しい環境に来て緊張している」のだと。
おかげで食事は毎回、体力を付けるものだったり、精神を安定させるものだったりする。正直に感想を言わせてもらうと、滅茶苦茶うまい。
濃いわけでも薄い訳でもない味付け。硬くない肉。上手にお焦げが着いたご飯。
だがアズリカは別に緊張しているわけではなかった。
リーシェと部屋を分けて欲しい。それさえ叶えられれば隈なんて一瞬で消えるだろう。
青年の必死な視線を感じとった少女が、野菜を頬張りながら首を傾げる。
飲み込んでから疑問を口にした。
「どうしたのですか?眉間に皺を寄せて」
通じないのではっきり言うことにした。
「……部屋を変えてくれないか?」
「あの部屋、嫌なんですか?夜は星空が見えて綺麗ですよ。北の大陸ではできない美しい経験じゃありませんか?」
「いや、美しい経験より平和な安眠が欲しいんだが」
「う〜ん。寝具は良いものだし、風通しも良いし、これ以上ない良物件ですが」
鈍感なのか。この少女は鈍感なんだ。
思い切ってアズリカは告白する。
「俺は男だ!!」
それに対する少女の答えはシンプルだった。
「知ってますけど」
(ああ。もうはっきり1から言わなきゃダメなのか?)
諦めかけていると部屋の扉がノックされた。
アズリカが懊悩と悶絶を極めている間に料理を完食していたリーシェが、返事をしながら玄関へ向かう。
青年は深々とため息を吐きながら、食器を片付け始めた。
アズリカの悩みはその日のうちに解消された。
訪問してきた客、アンという女性が部屋割りの現状を知り、それとなくリーシェに囁いた。
「あんたの腹から子供が出てきたらどうする?」と。
それだけで少女を警戒させるには十分だったらしい。特定の人物を指している訳では無いが、どの男にも社交的なリーシェに少しブレーキをかけさせるために言ったそうだ。
アズリカはようやく第2のふるさとで安らかな眠りにつくのだった。





