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第四十九話 もう、死にたいなんて言えない

 居住区の一角で激しい戦いが起こったのを、レイラは厳しい面持ちで見つめた。

 彼女がいるのは、城の演説用バルコニーだ。


 都市を一望できるこの場所は普段なら滅多に使われることは無い。

 しかし今日は珍しくレイラの他にもう一人客が来ていた。


「女王陛下。どういうおつもりですか?」


 レイラより一歩下がったところから戦いを見ているのはアズリカだ。

 イグレットの命令によって合法的にレイラの可愛い孫娘を花嫁として迎えた男は、彼女にとってあまり好ましい者ではなかった。


 リーシェに向けるものとは真逆の冷淡な笑みで青年に問い返す。


「あなたこそ、一体どういうつもりなの?」


 何に対して聞いているのか分からないほど、アズリカは愚鈍ではなかった。

 バツが悪そうに都市から目を離し俯く。


 レイラは構わず続けた。


「リーシェが差し伸べた手を振り払ったのに、拘束力はそのまま。ずいぶん中途半端ね」


「それは……」


「手を振り払うというのが本気なら、魔法の効果も最大まで引き上げれば良いのに」


 女王は青年の苦悩を知っていた。

 誰かに聞いたとかそういう訳では無い。少し考えればわかることなのだ。


 自分だったらどうだろう。

「お前には能力しか価値がなくて、お前自身には露ほども興味が無い」と言われたら。

 ただの物珍しい道具だと言われているようなものだ。


 だからレイラは彼を責めることはせず、ただ優しく諭した。


「いつまで迷っているの?迷う必要がどこにあるの?」


「俺はこの国が嫌いです」


「ええ……」


「俺はこの力が嫌いです」


「ええ……」


「俺はこんな俺が嫌いです」


「ええ……」


「だけど、確かに俺はここで生きました。綺麗な生き方は出来なかった。それでも俺は生きたんです」


「そうね。あなたは強く生きたわ。路地裏で死にそうなあなたを見つけ、能力を取り立てたのは私でしたね」


 そう。アズリカを発見し、無二の能力を保有していることに気づき、生かすために偽りの一族の名を与えたのはレイラだ。


 助けてあげたかった。生きていて欲しかった。

 そのお節介が彼を苦しめた。だからこそ、解放されて欲しかった。


「俺はあの汚くて惨めな日々をずっと邪魔だと思っていた。でも本当は違うんです。本当は何よりも誇りに思っていた。歯を食いしばって生き抜いた自分に、ずっと胸を張っていた。それをリーシェは教えてくれたのです」


 ずっと迷っていた心に整理をつけるようにアズリカはポツポツと話していく。

 レイラは静かに告白を聞いていた。


「彼女は空っぽだった俺に誇りを見つけてくれた。もう、死にたいなんて言えない。だって、俺は生きてるんだ。どんなに薄汚れた人生でも、俺には胸を張れる過去があると分かったから」


 ガラス窓の向こう側で建物に歪みが生じる。

 重力が重くのしかかっているのだろう。


 青年はそれを焦った表情で見た。

 もう、彼の心は決まっているようだ。


「なら、お行きなさい。あの子を助けてあげて。そしてあなたも幸せにおなりなさい」


「女王陛下……」


「この地下の国からあなたたちの平穏を祈っているわ」


 青年は走り出す。

 強く床を踏み締めて、勢いよくガラス窓を割って飛び出していく。

 鎖を上手く使って着地をして、その姿はあっという間に見えなくなった。


「あぁ……これでもう安心ね。ディアナ、あなたの娘は強く生きているわ」


 はるか遠くの見たことも無い大陸に眠っている娘に語りかけていると、また来客が来た。


「レイラ。これはどういうことだ」

「あら、イグレット。見ての通り、あの子が旅立とうとしているのよ」


 部屋の入口付近に佇んでいるイグレットを肩越しに見る。

 幸せそうな笑顔を唇で描いて、レイラは彼女にとって最大の障害と相対した。


 ☆*☆*☆*


 リーシェはピンチを迎えていた。

 グレイスと戦っているうちにほかの序列一族たちも集まってきたのだ


 力が大幅に抑え込まれている状態で、防戦一方になっていた。

 精々出せるのは牽制の炎や氷程度で、重力なんて使っているのいないかほどしか効果を発揮しない。少しだけ相手を動きづらくさせるだけだった。


 だが一週間前は牽制にもならないくらいしか使えなかった「技の力」が使えているだけ特訓の成果があったというものだろう。

 しかし、大ピンチには変わりはなかった。


「大人しく城に戻ってもらう」


 さっきから剣の峰でしつこく殴りかかってくるグレイスに、ついに背中を取られる。

 リーシェは計画の失敗を強く自覚し、遠のいた帰還に絶望した。


 現実から目を背けたかった心が瞼をキツく閉じさせて衝撃を待つ。 だが打撃はいつまで経ってもやってこなかった。


 代わりに鼓膜に届いたのはグレイスの舌打ちだ。


「チッ!おい、何を考えている?アズリカ」


 青年の名前に目を見開いた。

 重力のせいで大きく歪んだ建物の屋根に、憑き物が取れたような顔をした青年が立っていた。


 彼の鎖はがっちりとグレイスを抑え込み、縦横無尽に都市を巡り序列一族たちの動きを封じていた。

 そして、リーシェを戒めていた鎖が儚い音と共に砕ける。


「アズリカ……?」


「決めた。もう死ぬのはやめる。リーシェ、俺を連れていけ」


 唖然とアズリカを見上げる。


「お前が望む平穏とやらに俺も混ぜろ」


 交渉は決裂したはずだった。

 でも青年は最後までリーシェの言葉について考えてくれていた。拘束を強めなかったのが何よりの証拠。

 リーシェの訴えは無駄ではなかった。


 少女は青年に不敵に笑った。


「もちろん良いですよ!でも、二ヶ月ずっと私を拘束していたんですから、今ここで存分に役に立ってくださいね!」


「お前こそ、足元掬われて転ぶんじゃないぞ!」


 リーシェとアズリカ。

 交わることは無いと思われた糸が、この瞬間、静かに交錯を始めた。


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