第四十七話 共に逃げましょう
思ってもみなかった言葉に、リーシェはしばらく何も反応出来なかった。
まさか、唯一、王と対等に肩を並べる女王陛下に味方について貰えるとは思わなかったのだ。
「私はね、あの人のやり方が気に入らないのよ」
ここで言うあの人とはもちろん王のことだ。
部屋に二人しかいないのを良いことに、レイラは次々とイグレットの愚痴を言い始めた。
「いくら孫が可愛いからって、引き止めるために無理やりよく知りもしない男にあげた挙句、鎖で繋いで行動を制限するだなんて、女性に対して無礼だわ。不器用にも程っていうのがあるでしょ」
レイラの口はまだ止まらない。
「だいたいあの人、私と二十一人も作ったのにまだ足りないの?繁栄厨にも呆れを覚えるわ」
「繁栄厨?」
知らない言葉に首を曲げると、気にしないでと言う風に彼女は笑った。
そこから数十分、レイラの愚痴を聞くことになるのだが、言葉の端々にはそれでも愛しているという想いが滲んでいた。
恋とは時に楽しいものであり、時に不愉快なものなのだとこの時知った。
☆*☆*☆*
自室に戻ってきたリーシェは、「蒼穹の間」で打ち合わせた内容をもう一度、胸中で反芻させる。
決行は今日から一週間後。ベリアの外れにあるゲートは魔境谷に繋がっているので、そこから脱出する。
要は来た道を戻るだけ。
決行日は蒼穹石の補給のために、多くの人員が駆り出されるらしい。薄くなった護衛の隙をついて行かなければ、次に脱出が可能なタイミングは一年後となるそうだ。
少なからず護衛兵と交戦することになるだろうし、騒ぎが大きくなれば序列十候たちも駆けつけてくるから出来れば鎖は完全に外しておいて欲しいと言われた。
そこで浮上する問題が、アズリカへの対処方法だ。
鎖の破壊には彼の協力が必要不可欠だ。しかし、この「拘束魔法」は青年の生きる理由でもある。
外せと言われて外せるものでもないし、殺せと言われて殺せるものでもなかった。
考えて考え抜いて、リーシェは一つの結論に達する。
「アズリカも一緒にこの大陸を出ればいいのです」
この大陸に彼自身を必要とする者が居ないのなら、この大陸を出てしまえばいい。
この大陸が彼に対して「拘束魔法」以外の価値を見出せないのなら、見出せる場所に行けばいい。
なんという名案を思いついてしまったんだ、と一人ドヤ顔をしてからリーシェは部屋の外で控えていた侍女にアズリカを呼ぶようにお願いした。
青年は数分でやってきた。
侍女に人払いを頼んで、アズリカを真っ直ぐ見る。
彼はリーシェが人払いしたことを怪訝に思いながらも、大人しく椅子に座ってくれた。
「お前から俺を呼び出すとは、珍しいこともある」
「今日はあなたに伝えることがありましたから」
「殺してくれる気になったか?」
「いいえ全く。私、あなたを助けようと思います」
「……地上に初めて出た時もそんなことを言っていたな。『死』以外の救いはない。戯言は別の場所で言ってくれ」
立ち上がろうとするアズリカに、少し大きめの声を出す。
「戯言ではありません」
部屋に響いた凛とした声に僅かに驚きながら、青年は再び座った。
気だるげに肘掛に寄りかかりながら、それでも耳を傾ける優しさに甘え一気に捲し立てさせてもらった。
「死が救済だなんて思ってるのですか?間違ってます。死の先には何もありません。ならば、生きて別の場所へ行けば良いのです」
「別の場所?まさか、西の大陸に行こうとか言わないよな」
「そのまさかです。ここでは力だけが必要とされるなら、セルタへ行ってあなた自身を必要としてもらいましょう。憎しみの根源を絶つのです」
青年は吐露した。
「拘束魔法」以外何も無い自分が憎いと。
自分にそんな考えを抱かせる魔人たちが憎いと。
青年は泣いた。
どうか「俺」を見て、と。
能力じゃなくて、空っぽな俺を愛して、と。
北の大陸を出れば、憎しみは消える。だって、この大陸だからこそ「拘束魔法」は効果を最大限発揮するのだ。
西に大陸へ行けば、空虚な心は満たされる。だって、あの場所では能力なんていらない。本人自身の人格が全てだ。
リーシェも最初にセルタに行った時、診療所総出でテストさせられた。
セルタに住んでもいい人間かどうか、抜き打ちで確かめられた。
悪人じゃなければ面倒を見ると住人達は言った。
ならアズリカの居場所はあそこだ。
青年は決して悪では無いのだから。
リーシェはそのことを力の限り青年に訴えた。
共に行こう。セルタで暮らそう。
そして、しばらくして発せられたアズリカの言葉は……。
「ふざけるな」
その一言だった。





