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第四十話 もう、殺さないなんて言えません

 首。二の腕。足首。腰。


 この四箇所にはリーシェの力を封印する鎖が装着されている。

 鬱陶しいことこの上ないし、動く度に音が鳴って騒々しい。

 それに加えて、リーシェにあてがわれた部屋は殺風景だった。


 王城の一室として調度品は置いてあるし、掃除も綺麗にされているが、暇を潰せるような遊戯物の類は何も置いていなかった。

 いや、唯一チェスが鎮座しているが、当然リーシェにルールが分かるはずもなく無用の長物と化していた。


 リーシェができることと言えば、窓から見える城下の様子を見守るだけである。


 何もしない時間。ただ流れる退屈な時間。

 それは今までせっせと動き回ってきた少女にとって、非常にストレスになる時間だった。


(アンさんたちはどうしているのでしょう?すぐに帰るつもりでいたから、野菜だって中途半端だし)


 そこまで考えて、苛立たしげに頭を掻く。

 朝に侍女によって整えられた髪が瞬く間にグシャグシャになったが、却って清々した。


(約束したのに。ずっとあの家と畑を守ってみせるって……)


 それは一番最初。リーシェがセルタに来た時のこと。

 苦しみから逃げたことに罪悪感を抱いていたリーシェに、彼らは役目をくれた。生き続ける目的をくれた。町にいる理由をくれた。


 それなのに自分は町を離れてばかりいる。


(連れてこられて何日経った?今、太陽の位置はどこにあるの?)


 地下国家イグラスに太陽は存在しない。太陽の位置を見て時間を見ていたリーシェには、今が何日の何時なのかまるで分からなかった。


 生活のリズムとして、決まったタイミングになればお腹は空くし眠くもなる。

 しかし、その感覚はあまりにも漠然としていて得体の知れない不安が付きまとう。


 部屋の隅で膝を抱えてしゃがみこんでいると、軽いノックの音とともに誰かが入室してきた。

 据わった目で見ると、来訪者はアズリカだった。


 予想通りというわけでも、予想外という訳でもない。

 来たのか、という淡々とした感情だけが浮いては沈んだ。


「調子はどうだ?」


「……」


「体は大丈夫なようだな」


「……気分は最悪ですけどね」


「今は朝の十時。お前がここに来てから今日で1週間だ」


「一週間も……」


「時間の感覚が無くなるって怖いだろ?」


「分かっているなら、早く鎖を解いてください」


 睨むと、アズリカは眠そうな目をスっと細めた。笑っているのだろうか。


「そんなことを言うことが無駄だって分かってるのに訴え続けるんだな」


「言い続けることにこそ意味がありますから」


 何も言わなくなってしまえばそこで終わりだ。だが抵抗し続けることには始まりがある。

 リーシェはどれだけ気が沈んでも抗うとだけは続けてきた。

 諦めたら死ぬ。そんな環境に10年もいたから、少女には底なしの根性がついていた。


「そんなお前にお願いがあるんだが」


「殺せ、と言うんでしょう?丁重にお断りします」


「俺を殺せばお前は逃げられるのに?」


「人を殺して得た平穏に興味はありません」


「残念」


「なぜそんなに死にたいんですか?」


 リーシェが問うと彼は窓のそばに立って無感情に城下町を見下ろした。

 その瞳が写す感情に見覚えがあった気がして、思わずアズリカの若草の目を見つめる。


 しばらく黙っていた彼はおもむろに話し始めた。


「俺はな、憎いんだ。この世界も。この国も。この一族の名前も。自分ですら。憎くて仕方がない」


「どうして?」


「誰も『俺』を愛してくれないからさ。アイツらが求めているのは俺の魔法であって、俺自身じゃない。アズリカという魔人そのものは誰からも必要とされていない。それなのに、都合よく俺を呼ぶ。愚かで馬鹿な奴らだ」


 それを聞いてリーシェは妙に納得した。どこかで見たことがあると思ったものの正体は「渇望」だった。

 ラピスの黄金の双眸にも浮き沈みしている感情だ。


「知らないだろうから教えてあげるけど、俺に家族はいない。この世界に、ミシュエルという一族は存在しない」


「え……?」


「俺が持つ『拘束魔法』は、俺が十のときに初めて発現した魔法だ。俺は孤児だった。路地裏で野垂れ死ぬはずたった餓鬼だった。蒼穹石の恩恵なんて貰えないし、配給だって回ってこない。毎日のようにゴミを漁って食い繋いで、酔っ払いに殴られて打ち捨てられていた」


 最初から違和感はあったのだ。彼の身なりは、序列に名を連ねる者たちと比べて、明らかに庶民だったから。

 サイズのあっていない服。破れて離れかけている腕の部分の布を、雑に縫い合わせている服装だった。汚い訳では無いが、手をかけていない特有の髪質。

 ともすれば、つい最近、まともに生きることを覚えたかのような印象を受けた。


 その違和感の正体は、そこにあったらしい。


「瞬きのつもりが気絶していたという状態になり、いよいよ死を自覚した時に魔法は突然発現した。魔人最大の特徴である魔法を封印する能力で、あっという間に序列十位以内に上り詰めた。

 人間がどうかは知らないが、魔人は貴族社会だ。貴族階級の高い一族ほど、始祖の強さを継いでいると言われ、民からの信仰を集める」


 しかし、アズリカは孤児で路地裏で腐った食べ物を漁って食べていた。その素性がバレれば、民の不安を煽り、序列一族たちへ不満が発生し、それはやがて王族の威光をも揺るがす。


 故に、ミシュエル一族という幻の一族を作り出し、アズリカを公的には貴族階級へ押し上げた。


 必死に生き繋いできたアズリカは誰にも必要とされていない。類まれなる能力こそ存在意義であり、それがなかったらアズリカはとっくに死んでいた。


 だからこそ彼は憎いのだ。

 能力に縋ることでしか生きていけない自分自身と、その状況を作り出した魔人国家が。


「俺には何も無い。『拘束魔法』しか俺にはない。お前の拘束を解いて魔法を無能だと認識させることもできない。俺は死にたいんだ。でも、これがあれば生きられるというのなら、俺は生きていたい。でもこんな自分は嫌だ。だから!殺して欲しいんだよ。縋り続けることでしか生き永られない俺を、殺してくれっ!」


 生と死の迷路の奥深くで迷子になってしまった青年の悲痛な叫びが部屋に響く。

 リーシェと同じ翡翠の瞳が僅かに揺らめいたように見えて、リーシェは何も言えなかった。

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