第三十三話 ごきげんよう。マイフレンド
王族の登場によって惨劇は一時的に収まった。
およそ五万の魔人たちを激痛の煉獄に閉じ込めていた「焔刻」も、大気を凍結させていた「氷刻」も解除され、魔人軍の方では様々な声が飛び交っていた。
主に被害を確認する声が響く光景を背景に、赤髪赤目の男はリーシェを訝しげに見つめていた。
「……なぜ魔法を使える?それは我ら魔人の特権であり、その力は我ら王族の証明である。貴様が行使できるのは不可解である」
冷たく凍った赤い瞳がスッと細められる。
少女は僅かに脅えたのをおくびにも出さず、神経質そうな男の顔をまっすぐ睨んだ。
「さぁ、何故でしょうか?あなた方が休戦してくれるのなら教えて差し上げないこともありませんけど、そう簡単には頷いて下さらないのでしょう?」
まるで道化のように呑気な笑みを頬に刻みながら、リーシェは両腕を広げる。
背の高い男と少しでも同じ目線になるように、毅然と胸を逸らし顎を僅かに上げた。
「頷かないと承知の上で、私は何度でも言いましょう。今すぐ軍を撤退し戦争をやめてください。既にそちらの兵士の半分が戦闘不能になっています。残り五万も私なら簡単に封じ込めることが出来るでしょう。だから……」
「だからなんだ?」
「え……?」
停戦を促す言葉は途中で遮られた。
口角を不気味に上げた男は、鞘にしまったままだった長剣を引き抜くと、銀の刀身の腹をを指先で撫でた。
「実は皇帝陛下より命を受けていてな。神の申し子である伝説の存在を発見次第、即刻捕らえ持ち帰れ、と。つまり、我らの目的は最初から西の大陸の侵略ではなく、申し子を捕獲することにある。これがどういう意味かわかるか?」
突然の宣告と問いかけにリーシェが思考を回復させるより早く、ずっと伸し掛り続けていた重力が重さを増す。男が魔法の力を強めたからだろう。
重さに比例させるように無重力の力を働かせることに意識を向けていると、男は問いの解答を明かした。
「我らは元より申し子を拿捕するためにきた。神に力を授かっている者を相手取るのに、たった十万で戦いをけしかける訳がなかろう」
潰そうとする重力とそれを無効化しようとする無重力がせめぎ合い、力を使うことに慣れている男の方が状況は有利だった。
地面に膝をつかないようにするだけで精一杯のリーシェの目の前で、男は長剣を明けの明星へ掲げた。
日が差し込まない谷に今だけは辛うじて差し込んだ朝日が刀身に当たって、眩い煌めきを放つ。
そして。
「全軍!参上せよ!!」
それまでの静かな話し方はどこに行ったのかと思うほど、男は声を張り上げた。
声が響き渡った途端、疲弊していた十万の魔軍を守るように虚空から現れる魔人たち。
百、一千、一万、十万……まだまだ増えていく。
「我が名は、魔神序列一位、アクレガリアイン家が一人、グレイス·フィリアル·アクレガリアインなり!今この場に集った百万の魔人を統率し、貴様を拘束する者なり!!」
「百……万……?」
途方もなく実感も湧かない数字に絶句する。
「焔刻」の最大補足は1万人。「氷刻」は大気全体に影響させるなら十万人。氷を生成して技としてぶつけるのなら一万人。
単純に「氷刻」を十回全力行使すれば全滅させられるだろうが、百万のうちに含まれている魔人序列に加わっている一族たちと、目の前の王族……グレイスの妨害が確実に入る。
現にすでにグレイスの重力と拮抗させるので精一杯で焔も氷も使えそうになかった。
「さて、これでもまだ言えるか?貴様ひとりで殲滅できると」
グレイスが不敵に笑う。
そして彼の周りには次々と強そうな魔人が集結していた。
おそらく、余ることなく全員序列に含まれている魔人なのだろう。
魔人序列は十位まであり、序列が低くても相性によって順位が変動することがあるとエグゼが言っていたのを唐突に思い出す。
つまり、魔境谷に集った魔人の軍勢は主要戦力を半分以上投入した、魔人最大にして最強の集団ということになる。
そんな彼らに、立つのもやっとなリーシェが叶うわけがなかった。
おまけに、目的は少女の捕縛だとグレイスは言っていた。
逆をいえば、リーシェを捕らえられれば軍を引かせるということだ。
今の状況でリーシェが彼らに捕まることが最善策のような気がして、微笑みながら諦めかけた時……。
声が聞こえた。
「ラズリ軍!魔人を各個撃破!!連携を崩さず進軍しろぉ!!」
あまりにも聞きなれた声。あまりにも待ちわびた声。
思わず振り向いたリーシェの目にそれは移った。
禁足地である魔境谷を馬で駈け、リーシェを取り囲んでいた魔人の包囲網を突破しようと軍を指揮する少年に姿が、朝日に照らされていた。
魔人軍の包囲網を率先して切り崩して言ってるのは、ルブリスやレガリアを先頭にした調査隊メンバーの人達だ。その後ろに、城でリーシェを出迎えてくれた兵士たちの姿も見えた。
「あぁ……」
意味をなさない言葉が唇から零れ落ちる。
だが、まるでその声を聞き届けたように、ラピスはリーシェを真っ直ぐ見た。
右手に本を出現させて、自身の喉に拡声機能を付与すると力いっぱい叫んだ。
『リーシェ!!まさか、諦めてないよな!!』
「……!」
『自分は1人だとか、誰も助けに来ないとか思ってないよな!!』
ラピスの励ましの言葉を聞いたグレイスが、せっかく折りかけたリーシェの心を再起させる訳には行かないと舌打ちをする。
リーシェにかけていた重力を解除すると、少年に向かって力を奮った。
だが、ラピスは見計らったようにその重力を無効化させる。
何事も無かったように言葉を続けた。
『思ってたのなら、お前は大馬鹿野郎だ!!』
王子らしくない口汚さに、リーシェは思わず笑ってしまう。
『平和を望むお前が!礼を伝えるお前が!孤独なわけないだろ!俺は特別平和を望んでるわけじゃないし、感謝だって伝えてない!だがこんな俺でも、付いてきてくれるお人好しがいる!だから、お前を助けたいと思わないやつがいないわけないだろ!王子である俺より慕われやがって!!』
思ったままに本心を叫ぶラピスの姿は確実に近づいてきている。
リーシェは頬を伝った汗を拭うが、何故か次々と水滴が袖を濡らしていった。
『よく聞け!俺はお前を絶対に見捨てない!俺たちはお前を絶対に見捨てない!お前はひとりじゃない!お前は孤軍なんかじゃない!だから、そこで待ってろ!お前を守りたいヤツらが、直ぐにお前の元まで行ってやる!!』
ラピスの本が強く輝いた。
同じ色の輝きがリーシェの体を包む。
すると、身体能力の飛躍的強化が一瞬で付与された。
さらに消耗していた体力が一気に回復して、凄まじい全能感がリーシェの折れた心を快癒させた。
『俺とお前!!二人で揃って、やっと一つの伝説だろう!強がるな!!俺がいる!俺が、お前をサポートしてやる!だから、そんな強いだけの魔人なんか鼻歌歌いながら撃退しやがれ!!』
拡声機能の付与の効果が切れたのか声はもう聞こえなくなった。
だがリーシェの心はもう怯えていない。恐怖に砕けることも、諦念に折れることも無い。
ラピスがいる。戦うことしか出来ない少女に、少年は祈りを捧げ力を与えてくれる。
弱気になっていた膝を叩くと、リーシェは強い眼差しで10人の魔人を見据えた。
「彼らが来るまでの間、どうぞお手柔らかにお願いします」
「……皇帝陛下が忠告した通りになったか。欠けた月を引き合わせてはいけないとあれほど言われたのにな」
グレイスが真顔で呟く。
「知の力」を持つ少年の全力の援護によって、リーシェはようやく「技の力」の本領を発揮することが出来る。
次の瞬間、リーシェは高く飛んだ。無重力と重力をちょうどよく組みあわせて宙に浮いた。
その姿は、剣と魔法をぶつけ合わせていた全軍の目に移り全力の付与によって淡く光る少女の眩しさに、一斉に動きを止める。
リーシェが指を鳴らすと、グレイスたちがいる場所の地面が凹むほどの重力は十人の魔人を襲った。
内蔵を圧迫されて吐血した彼らに、一切の容赦なくリーシェは伝説の力を使う。
両手を上にあげて、太陽のような炎の大玉を生成。
それを思い切りグレイスに投げた。
焼く気があるのは地面に縛りつけられた10人だけ。火の玉の範囲内にいようと彼ら以外に被害を被るものはいない。
「さぁ!仕切り直しの花火と参りましょう!」
望んだ者にしか害を及ばさない性質を最大限利用して、魔人序列との戦いを開始した。
リーシェとラピスがようやく全力で力を合わせる場面ですね。「伝説同盟」の役目が果たせそうです





