第二十七話 不吉な予感がします
リーシェの母……ディアナ・フィリアル・アクレガリアインは、魔人の王族の一員だったとエグゼは言った。
「ディアナ様は十人いる姉妹の一番末の妹君で、女王であらせられるお母上様……リベリス・フィリアル・アクレガリアイン様の特徴を最もはっきりと受け継いだお方だった」
「おかあさんは、九人も姉がいたのですか?」
あまりの多さに驚くとラピスが補足説明をしてくれる。
「魔人というのは種族の能力として『魔法』が使えるが、その『魔法』の内容は一族によって異なる。魔人の序列はその力の強さで決められ、さらに一族の人数が多ければ多いほど強さはさらに高まるらしい」
「アクレガリアイン王家にはディアナ様を除いて九人の姉上と十一人の兄上がいらっしゃいます。現在、魔人族で絶対的な高みにいるのが王族であり、現状、どの家も追随できる可能性は極めて低いでしょう」
ラピスの言葉を引き継いでエグゼは顎髭を擦った。
力の強さによって王を決めるのが魔人で、その強ささえ覆せば王族が変わることはいくらでもあり得るということだろう。
そしてリーシェの母親は最も強き一族の一人だった。
だが、そんな母がなぜ父と出会うことができたのかなおさら不思議だった。
魔人と人間に限らず、異種族の接触は禁止とまではいかないものの非常に非活性的だ。
王族であるならなおさら人間である父と出会うことは難しいだろうに、二人は出会って恋に落ちそして駆け落ちした。
何も知らなかったら「なんてロマンチックなの」と目をキラキラさせることもできただろうが、その疑問はあまりに大きかった。
リーシェの中では答えがでない疑問を持て余していると、長髭の老人は遠い目をした。
「私も王宮にてディアナ様の肖像画を拝見したことがありますが、それはそれはお美しく女王様に瓜二つでした」
とエグゼは母を褒め称えているが、あいにくリーシェにそんな美しさはなかった。おそらく父親似なのだろう。
「リーシェもこれまでの環境が環境だけに外見に拘る暇がなかっただけで、ちゃんと気にすればそれなりに可愛くなると思うぞ」
少女の心を知ってか知らずか少年は唐突に言った。心なしか顔が赤くなっているのが見える。
それを見て畑のトマトは大丈夫だろうか心配になりながら、リーシェは笑った。
「別に付け足してくれなくても自分の外見がそこまで優れていないことは知っていますよ。傷だらけですしね」
あわててなにかを言いかけたラピスを失礼ながら遮って、リーシェは本題に入った。
「エグゼ様は私に『魔法』を感じ取る方法を教えてくださると、来てくれました。その……私にもできることでしょうか?」
魔人じゃないとできないことだったら残念ながらリーシェには無理だろう。
何せ、これまでずっと人間として生きてきたのだ。
突然、魔人の自覚を持とうなど無理な話だ。
幸いにもエグゼは穏やかに笑った。
「そこまで難しいことではありませぬ。リーシェ様には魔人の力、人間の力の他に伝説の力があるとか」
「はい。その三つともつい最近知ったばかりですので、能力に関しては生まれたての赤子程しか知識がありません」
「そんなことはありません。リーシェ様は日常生活でなにか工夫をしたことがありますか?」
そう問われて、これまでの生活を振り返る。
工夫ならいくらでもしてきた。
家が劣化しなくなるように外装に補強材をつけたり、野菜が育ちやすくなるように水やりの時間を日によって変えたりなど、至るところでしてきた。
「はい。それはもうたくさん工夫しています」
「それが人間の能力『発展』です」
と言われて間抜け顔を晒してしまう。
そんなに身近なものなのだろうか半信半疑になると、またラピスが補足してくれた。
「今あるものを良くしよう。もっと上の性能を目指そう。どうしたら生活がより良くできるか?
こういった感情は『発展』から生じるものだ。もちろん他の種族にも工夫するという概念はあるが、それが圧倒的に強いのが人間であり、『発展』の力だ」
ラピスが様々な大発明をしているのは、『知の力』と『発展』が良い方向に発展しているからだという。
人間が工夫する力がアイデアを呼び起こさせ、どんなに難しいことも伝説の力が可能にするという。
「まぁ俺の場合はもう一つ別の理由があるが、今関係ありそうなのはこのくらいだな」
「種族の力というのは本当に無意識に身近に存在します。ただそれを『今使っている状態』だと認識できるようにすれば良いだけなのです」
「……そのためには、私の魔人の側面がどんな『魔法』を使えるのか知る必要がありますね」
さっき、『魔法』と一概にいっても族ごとに内容は違うとエグゼは言った。
なら、リーシェが持つ『魔法』……つまりはアクレガリアイン王家が保有する魔人最強の能力の内容を知る必要があるのだ。
「エグゼ。教えてください。魔人の王族、アクレガリアイン一族の持つ『魔法』の内容を」
緊張した空気が流れる。
ラピスも初耳であろう情報に、少年も固唾を飲んでエグゼの言葉を待った。
「アクレガリアイン王家の能力は……」
重々しく老人は口を開く。
一息ついて、彼は告げた。
「万物の着地も浮遊も自由に操れ、その気になれば星をも降らせる大規模な力。『重力魔法』です」
これは、多分機密事項の情報だったのだろう。
リーシェとラピスが驚愕に顔を染めるより早く、エグゼが力なく床に伏した。
「っ!エグゼ様!?」
力の入らない体でリーシェが寝台を降りる。
すぐに床に膝をついてしまうが、なんとかエグゼには手が届いた。
うつ伏せの体をひっくり返すと、心臓が皮膚を透けて赤く光っているのが分かる。
「これは一体……!?」
「リーシェ!そのままエグゼを固定していろ!」
翡翠の石が埋め込まれた本を掲げたラピスが、如何なる方法によってかエグゼの胸に手を突っ込んだ。
出血することもなく入り込んだ手が、心臓から何かを引き抜く。
蟲だった。
世界中の女性が嫌うゴキブリに似ているような。都会の女性が見たら発狂する蜘蛛に似ているような。畑作業中によく現れてリーシェの心拍を早くさせるムカデに似ているような。
正体不明の蟲が、ラピスの右手に握られていた。





