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第二十五話 急がなければなりません

 痛い。痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 吐き気がするほどに。死にたくなるほどに。幸福すら忘れてしまうほどに、胸が……心臓が痛い。

 苦しい。息が吸えない。


 酸素を求めて宙を掻いた右手が、テーブルの花瓶に当たって最高級のガラス瓶が音を立てて割れる。

 だがそれに反応できる余裕はリーシェになかった。


 視界が薄赤く染まり、眦からあふれでた生理的な涙が頬を転がって毛足の長いカーペットを濡らした。


「誰か助けて」


 そう叫びたいのに声は出ない。みっともない呻吟だけが漏れるばかりだ。


 体の中で、何かがせめぎ合っているのを感じる。

 暴れて、器から出ようとしている。

 

 痛いのは心臓だけじゃない。

 全身の血管がひどく熱を持ち、無茶な流れの速さで心臓を酷使させている。焼き切れんばかりの熱さに、リーシェは体を折って床に踞った。


「リーシェ!!!」


 重厚な扉を蹴破る勢いで開けたラピス様の姿を最後に確認して、意識はブラックアウトした。


☆*☆*☆*☆*


リーシェはもう三日も眠り続けている。

 三日前。待ち合わせの時間になってもやってこないことに嫌な予感がして、彼女がいる客間へと走って向かった。


 繊細な装飾を施された扉を荒々しく開けて室内を見渡すと、今にも死にそうな様子で床に這いつくばる少女がいた。


 意識を失ったリーシェを別の部屋に移すより先に、ラピスは『知の力』で血管の異常を正常化させた。


 胸が痛むのは力が暴走していることが原因なので、彼女自身に問題があることに関しては『知の力』でも治癒は望めない。

 だが血管の異常は、心臓に異常が出たことにより血管が普段の運動のリズムを崩壊させただけで、彼女自身の問題に影響されて起こった問題だ。

 

 分かりやすく言うなら、ダイエットの方法は教えることはできるが、ダイエットに対する心構えはどうすることもできないのと同じだ。


 ダイエットの話はいいとして、リーシェの発見がもう少し遅れていれば最悪の事態もあり得ただろう。

 目覚めが遅いのはラピスが力で強制的に眠らせているからだ。


 意識がある限り、それぞれの能力は無意識下で発動する。

 

 人間の部分なら『発展』で生活を工夫する力を。

 魔人の部分なら『魔法』で身体寿命を伸ばす力を。

 そして今も常時発動している、セルタを守る結界『焔氷刻 守護一陣』を保持している『技の力』を。


 だが、意識が極限まで現実を離れている状態なら、それらの力は非活性化するのだ。


 ダイエットで例えるなら、寝ているだけでは体力も温存され、消費しないので体重も落ちないということだ。これは失敗パターンだろう。


 魔人の代表が来訪するのは明日。

 それまで眠っていてもらい、代表がリーシェとの謁見を許可してくれたら目覚めさせて話を聞くつもりだ。


 "魔人の話で解決策が見つかるといいな"と穏やかな寝顔に無言で語りかける。

 今回はラピスが迅速に対応できたから良かった。だが、いつも自分が近くにへばりついているわけにはいかない。


 何より、これ以上リーシェが苦しむところを見たくない。

 

「必ず方法を見つける。だから今はゆっくり眠っていてくれ」


 赤い髪に指先で触れると、寝ている間の世話係を探すために部屋を立ち去った。


☆*☆*☆*


夢を見ていた。

 自分の姿は見えなくて、周りは終わりが見えない星海だった。

 ここはどこだろう、と見覚えのない空間に疑問を抱く。


 夜にセルタを淡く照らす星空にも似ているが、全方位星があるので空ではないことは分かった。

 だが、空に近いところだろうとは察せられた。


 リーシェはその星海のなかをずっと揺蕩っていた。

 感覚はない。ただ浮いていると言う認識はあった。

 視覚以外の五感はない。見えるものが全てだった。

 

 なにも考えずに移動していると、ずっと遠くに青い球体が浮いているのを見つけた。

 あれはなんだろう、と近づく。

 

 あまり近づきすぎるのは憚られたので、遠くから観察した。


 真っ青な球体。所々に緑の色が塗られている。それらを覆うようにある真っ白な色が、一際目立った。


 球体の表面で何かがチカリと瞬いて、リーシェが浮かんでいる方へ真っ直ぐ飛んでくる。


 白くて細長い、鉄の物体だった。

 まるでその白い輝きに導かれるように、リーシェの意識とは別に体が移動していく。


 細長い物体の中に、黒髪の人間がいたのを視認して……そこで夢は途切れた。

 

 

 

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