ラピスとアズリカの協力体制
「精霊の歌声?」
翌日、今日は一日家にいると決めたアズリカにラピスが昨日の出来事を話している時のことだった。
外ばかり見つめているリーシェを不思議に思った青年が、ラピスに質問したのが始まりだった。
「あぁ。精霊について魔人族では何か語られていることとかあるか?」
「ないな。俺たちが住んでいるのは自然現象がほとんどない最北の地下だし、リーシェのおかげで最近地上を開発し始めたばかりだし」
即答するアズリカにラピスも困ったように天井を見る。
「『西の大陸』でも精霊の認知度は低い。一昔前は豊穣を願ったり、雨を願ったりとかで信仰されていた例も文献に残っているが、今ではそういうこともしないしな」
「じゃあなんでその歌声が精霊のものだっていう答えに行き着いたんだよ」
アズリカが言いたいことは要は、突拍子もなさすぎるということだ。天候や気温の安定を願われてきた存在であるならそれらは、『概念的なモノ』または『人間が精神衛生のために生み出した架空の存在』ということになる。
詳しい姿形の記録もなければ、実際に現れて目に見える変化をもたらしたという伝承もない。
生活に不安がある時、唯一しかいない『神』の代わりにもっと身近な『自然』に祈ったという記載しかされていないのだ。
正しい意見だと思う。
精霊という存在をまったく知らなかった一時間前から今に至る短時間で、よくその疑問に辿り着いたものだとラピスは感心する。
けれど精霊だと予想を立てたラピスにも、少なからずの根拠というか……この予想を導いた考えがあった。
前世で生きていた世界すなわちセト ダイキの記憶には、事象を司る数多の神々や精霊の伝承がはっきりと語り継がれている。世界各地にも伝承を裏付ける痕跡が見つかっていたりもした。
この世界とあちらの世界の違いはそれなりにあるにしろ、今回の件に関することにだけ絞って考えれば一つしかない。
数多の『神々』がいるか。
唯一の『絶対神』がいるか。
もっと思考を派生させるなら存在している『神』のルーツの違いに至る。
数多の『神々』はそれぞれの出自が分かっていたり、誰もが司る事象を有していた。世界のありとあらゆるものは、調べればほぼ必ず司っている神がいた。
しかし『唯一絶対神』は違う。司るものはなく、発祥元は不明で、伝承もなければ信仰も必要としない。確かに存在していることは明白。魂に染み付いた畏怖が人々に『神』の存在を疑わせない。しかし『神頼み』をするような相手ではないため、基本的に何もしなければ無影響で無害の超越者、という認識だ。
神の在り方にしか違いがないのなら、この世界に精霊はいないと決めつけるのは早計だと思うのだ。むしろ、良くも悪くも単独の『神』だからこそ、数多の『神々』の役割を精霊が担っているのでは、とラピスは考える。
ちなみに人々に認知され信仰されていることと、世界に存在し影響を与えていることは全く別の話である。
目に見えないからいない、と思うのは人視点の認識でしかない。
しかし結局、この予想を出せたのはアズリカの知らない世界の記憶があったからであり、ラピスは彼に前世の話をしていない。
まだ出会って半年も経っていないし、出会いのきっかけとなった事件のこともありまだ信頼しきれてはいなかった。
そう思ったラピスは短く息を吐くと、青年に頼み事をする。
「精霊云々の予想は予想でしかないからな。今大事なのはリーシェがまた昨日みたいなことをした時に阻止することだ」
「俺もそれには賛成だ。正直、さっきから様子を伺っているが目を離した隙に窓から出ていきそうで気が抜けない」
話し合いをしながらも両者チラチラと少女に視線を飛ばしていたため、危うげな雰囲気を感じるという言葉に全面的に同意する。
「リーシェ」
アズリカがそっと彼女の名前を呼んだ。反応は無い。
「リーシェ?」
今度はラピスが同じように名前を呼ぶ。反応は無い。
内心、ここで反応が返ってきたらアズリカにドヤ顔してやろうとか考えていたが、そう上手くはいかなかった。
「「リーシェ」」
不本意だがハモる。
そこでやっと少女は振り向いてくれた。どちらの声で振り向いたのか判別がつかず複雑な気持ちだったが、やっとリーシェが反応を示してくれたので安堵の方が勝った。
「そっちは冷えるだろ。そろそろ座ったらどうだ?」
アズリカが昨日ラピスが昼寝をしていたソファへ促すと、リーシェはもう一度外に目を向けてからやっと窓から離れてくれた。
「心配させてしまったみたいでごめんなさい」
時計に目をやり自分が窓際にいた時間を理解したのだろう。
またボーッとしていたことに気づくと申し訳なさそうに謝った。
外からの冷気で冷えたことを自覚したようで、ソファに腰を下ろしたあと小さく身震いをした。
「気にするな。腹は減ってないか?昨日アンおばさんから手土産にクッキーを貰ってきたんだ。良かったら一緒に食べよう」
紙袋に包まれた焼き菓子を見せるとリーシェの表情はパッと華やいだ。
「わぁ!そうなんですか!美味しそうですね、ぜひ一緒に食べましょう!良ければラピス様もご一緒にいかがですか?」
三人分の冷めたお茶を温め直していたラピスにも明るく声をかけてくれた。
「ああ、もらおう」
クッキーと一緒に飲むには丁度いい温度になったことを確認して、二人掛けのソファに無理やり三人で座った。もちろん真ん中はリーシェだ。野郎とゼロ距離で茶菓子を嗜む趣味はお互いに皆無だ。
リーシェが平皿に並べてくれた様々なクッキーに、各々好きな味を選んで咀嚼する。
リーシェが選んだのは紅茶の茶葉を細かくして生地に練りこんだ紅茶クッキーだ。恐らく、煮出すには渋くなった茶葉を利用して、甘苦いクッキーにしたのだろう。茶葉は高級品だが、行商で多めに手に入ってしまったときは各家庭それぞれの再利用方法があるらしい。
ラピスが選んだのはコーヒークッキーだ。これも茶葉と同じでコーヒー豆を再利用したものに違いない。
基本的に『ラズリ』とその近隣を除いて、嗜好品はかなり高級で稀少品だ。定期的に訪れる行商も毎回用意できる訳ではなく、出発時に品自体はあってもセルタまでの道のりの間で完売していることもある。辺境の町は、行商団の巡礼ルートの最終地点である場合がほとんどなためだ。
甘さよりほろ苦さの主張が強いクッキーだが、ラピスは元々コーヒーを好むので美味しくいただいた。
アズリカが食べているのはチョコチップクッキーだ。あれは子供たち用に作った物の余りだろう。美味しそうに頬張っているのを見て、実年齢は一番上のはずなのに三人の中で一番子どもっぽく見えた。
彼の過去は本人からもリーシェからも聞いているので、もちろん否定する気もなければバカにする気もない。今まで大変だった分を取り戻すように人生を楽しんで欲しいとすら思っている。
それはそれとして、リーシェに変な真似をするようなら問答無用で叩き潰す、というのも紛れもない本音である。
あの例の歌声についてラピスとアズリカが立てた作戦は至ってシンプルだった。
リーシェの意識をいかに歌声から逸らし続けるか、その手段を模索し続け実行し続けること。
副次的な作戦として、リーシェを一人にしないといったものも含まれている。
「アンさんのお菓子はやっぱりいつも美味しいですね!いつでも食べれるシュウ君がちょっぴり羨ましいです」
一枚目を食べ終わりながらご機嫌なリーシェがそう言った。
三枚目のチョコチップクッキーに手を伸ばしながらアズリカは笑う。
「俺はリーシェの手料理も負けず劣らずだと思うぞ。オーブンがないから手の込んだお菓子は難しいだろうが、今度鍋でできるお菓子に挑戦してみたら良いんじゃないか?俺も手伝うぞ」
「チョコチップクッキーばかり食べ過ぎだぞ。……鍋でできるお菓子か。そもそもお菓子はそれなりに高級な材料を使うし、いま家にある物で作れるものはかなり限られるな」
「卵も牛乳もこの時期の入手は難しいですしね……。バターなんてもってのほかです。小麦粉も次の行商まで大事にしなければなりませんし」
「おいおい、お前自分の立場を忘れすぎじゃないか?何のための権力だよコーヒー王子」
「誰がコーヒー王子だ」
二枚目のコーヒークッキーを半分ほど食べたラピスに、アズリカが小馬鹿にしたような笑みを向けてくる。すぐ隣にリーシェがいるせい(おかげ)で、簡潔なツッコミを入れるだけに留まった。
セルタでは高級品でも『ラズリ』では違う。備蓄もあるし、工場もある。直送してしまえば一週間以内に材料は全て手に入るだろう。
しかし……。
「でも町の皆さんも節約しているのに、私たちだけ贅沢する訳には……」
心優しい少女はそのやり方に不満な様子だった。
発起人のアズリカを見れば、青年は少し考えたあとリーシェだけに見せる優しい笑みを彼女に向けた。
「なら、多めに作ってお裾分けすればいい。町の人たちには普段から助けられてるから、そのお礼って言えばな。ついでにそこの豆王子に頼んで、不足しがちな食料も一緒に送ってもらおう」
権力の濫用を若干渋るラピスを追い込むために、器用にもリーシェの杞憂を晴らしつつ盾にした。
こちらを向いたリーシェの顔を見た瞬間、ラピスは首を縦に振ることしかできなかった。
……不安げな顔で上目遣いをしてくるのはやめてくれ。





