祈願を焼べる
番外編第二弾です。
時系列は三人で冬迎えてかまくら作った日の後くらいですね
パチパチと火が爆ぜる音が耳朶を打つ。息を吸い込むと温かい乾燥した空気と一緒に少しの焦げ臭さが、不思議な安らぎを与えてくれた。
揺り椅子に座り、膝に一枚かけたブランケットの上で指を組み、目を閉じて穏やかで優しい時間を享受する。
ソファに寝転がりながら本を読んでいたラピスはいつの間にか寝息を立てていた。普段なら彼とポツポツと皮肉の応酬をしている若草の青年の姿は見えない。
何だかんだで面倒見の良いアズリカは村の子供たちによく懐かれており、今頃積もった雪で一緒になって遊んでる頃だろう。『地下世界』から来たアズリカにとって、寒さとは縁があっても雪には縁がなかった。
雪合戦か。雪だるまでも作っているのか。きっと帰ってくる頃には寒さで顔も指先も真っ赤にさせているはずだ。
この穏やかな時間が終わらないように。外から帰ってくる青年が凍えないように。
様々な祈りと願いを込めながら暖炉に薪を焼べる。
火かき棒で薪の位置を調整しつつ、窓の方へ目を向けた。ガラスは結露しているがそれでもぼんやりと分かる一面の銀世界に、立ち上がり吸い込まれるようにして歩いていく。ブランケットはついでにラピスの上に掛けておいた。
暖まった指先で結露を軽く拭い、覗き込むように銀世界を凝視する。
雪がパラパラと降り続けてはいるが風は弱く、木々は凪いでいる。
不意に何だか呼ばれているような気持ちになったので、玄関に向かい部屋着のまま外に出た。
冷たい空気が温かい場所にいた体を包み込む。白い長袖のワンピースの上にはらりと落ちた雪はすぐに溶けて滲みを作った。
ゆっくりと歩みを進めているうちに家の裏手の方に来ていた。何かに呼ばれている感覚が強くなった気がする。
足が止まったのは、今は種が眠っている畑の前だ。
雪の下には春に向けて植えた種が芽を出す時を待ち遠しくしているはずだ。
『〜〜♪』
何かが聞こえる。
一瞬詠唱かと思ったが違う。これは歌声だとすぐに分かった。
『祈りを聞かせて
願いを教えて
竈が何でも守ってあげる
夢を唱えて
瞼を閉じて
炉が叶え歌うよ 子守唄』
声が聞こえてくるのは畑の向こう側。
雪が降り続ける静寂の世界に、姿は見えない可憐な少女の歌声が優しく響く。
『眠れ 眠れよ 子供たち
赤子は揺籃に抱かれて眠る
幼子は腕に包まれ眠る
少女は膝を抱えて夜を越え
少年は体を震わせ朝を待つ
人々が寝静まった夜
炎は消えて 悪夢が忍び寄る』
歌詞の雲行きが怪しくなってきたが気づくことはできなかった。頭がボーッとして思考が上手くまとまらない。本能ではこれ以上聴くのは良くないと分かっているのに、頭は霧がかっていて、体は強い倦怠感があった。
『さぁ謳って 安寧の未来
さぁ答えて 願いの対価
焼べて 焼べて 希望の薪
燃やして 燃やして 恐れの霜
炉はすべてを護りましょう
竈はすべてを清めましょう
闇を抜けたい時はこの名を呼んで
悠久の名前は─────』
「リーシェッ!!」
急に誰かが背後から強く抱き締めてきた。ビクリと体が揺れてハッと我に返る。抱き抱えそうな勢いで縋り付いているのはラピスだった。
寝癖がついている黒髪を見てようやく脳が正常に機能し始める。
「ラピス様?」
いつも通り名前を呼べば、息を詰めていた少年は盛大にため息を吐き脱力した。
背中に遠慮がちにのしかかってくる重みを支えながら、状況がよく分からないまま立っていると突然ラピスが顔を上げた。
と思ったらリーシェを横抱きにし、大急ぎで暖炉の前に連れ戻されてしまった。
そこでやっと気づいたのだがリーシェは靴を履いていなかった。素足のまま雪の中を徘徊し、ろくに厚着もしていなかったせいで、全身がすっかり冷えきっていた。
「足は霜焼けになっていないか?」
ほぼ簀巻き状態にされ転がされたリーシェが自身の奇行を理解しているうちに、温かい飲み物を作ってきたラピスがすっかり赤くなった爪先を見る。
「大丈夫です」
「熱は出ていないか?寒気とかは?」
「大丈夫ですよ」
「頭痛もないか?鼻水が出そうならちり紙を持ってくるけど……」
「もう、大丈夫ですよ。本当に何でもありません」
思わず笑いながら言うと、少年は芋虫状態の体を起こしてくれた上に、手だけ出てこれるように毛布を少し緩めてくれた。
「ん」
短い声と一緒に手渡されたマグカップには、甘い香りを漂わせたココアが湯気を立ち上らせていた。
「ありがとうございます」
「火傷に気をつけて飲めよ」
息を吹きかけゆっくりと口に運ぶ。程よい甘さのココアが全身に染み渡るようだった。
「美味しいです」
へにゃっと笑えば、ラピスはようやく肩の力が向けたようでまた大きなため息を吐いていた。
「起きたら、上着も靴もあるのにお前がいなくてどれだけ驚いたか……」
「心配させてしまいましたか?」
「いやまぁ、心配ももちろん大きいが正気を疑った」
真冬に長袖一枚の素足で外出したと思えば確かにラピスの言う通りだろう。間違いなく正気じゃない。
「なんでこんなことしたんだ?」
その問いかけの声に非難の響きは無い。不安と心配だけで作られた声音に、今更になってあの時の異常性について気がついた。
「外を見ていたら、誰かに呼ばれている気がしたのです」
「呼ばれる?」
一つ頷いて、霞がかった記憶を思い出していく。
「少女の声でした。導かれるように、声が聞こえる方に行きましたが姿は見えませんでした。母のような、子供のような、穏やかな声だけが存在を示して歌っていました」
「歌の内容は分かるか?声に出すとマズイかもしれないから、覚えている分だけ紙に書いてほしい」
手際よく紙とペンと渡され、リーシェは淀みなく一言一句間違わずに歌詞を全て書いてみせた。何故かはっきりと頭に残っていたのである。
リーシェが記した歌詞を目で追った少年は何やら難しい顔をして考え込んでいた。
「ラピス様?」
流石に不安になって名前を呼ぶと、無言でココアを差し出された。黙って飲んでろ、ということらしい。
熱々だったココアが適温になってきた頃、ラピスはようやく紙面から顔を上げた。
「多分……きっと、恐らく、もしかしたらだが、その少女は精霊の類だと思う」
非常に自信のなさそうな答えだったが、ラピス曰く精霊というのは古来から人と密接に関わってきた存在で、云わば自然界の各現象の担い人とも言えるらしい。
大雨が降ったのに山が崩れなかったり、川の氾濫から生活圏が致命的な被害を免れたり。はたまた干ばつがあっても何とか暮らしていけるだけの作物は収穫できたりなど。その真逆もあり得るようだ。
ずいぶん昔はもっと身近な存在だったようだが、現在は人間が作り出した、都合のいい概念的な存在だと思われる風潮が強い。そのせいで精霊の影は薄くなりつつあるという。
ちなみに『唯一絶対神』とは関係がない存在でもあるようだ。
後天的に自然現象を操作できる『唯一絶対神』と違い、精霊は自然現象そのものでもあり、荒れるも凪ぐも気分次第だろう、とも推測だった。
「もし精霊に位や階級があるなら、歌を歌ってた精霊はかなり高位の精霊だろうな」
「なぜそう思うのですか?」
首を傾げると、ラピスは歌詞の最後の方を指差した。
「炉も竈も火を司っていることを示唆している。しかもただの火じゃなくて多分、家庭の火のことを言ってるんだろうな。赤子とか子供とか家を彷彿とさせるし。それに不穏な部分もあるにはあるが、基本的に善良で願いを叶えたいって言う思想の内容だ」
言われてみれば確かに、と納得する。
「これは俺の主観なんだが、人と密接に関わっていればいるほど強い精霊じゃないかと思う。それだけ影響力があるってことだからな」
「私が呼ばれた気がしたのは……?」
「予想でしかないが、リーシェは『焔刻』を使うから多少引っ張られたんじゃないか?」
要は、『焔』を自由自在に扱える『家』の女主人が、『暖炉』の前で安息を享受しつつも平穏を『祈り』ながら、『家族』の帰りを待っていたから精霊の目に止まったということらしかった。
全ては推測の域を出ないので、今後はそんな気分になっても我を忘れないようにと釘を刺されてしまった。





