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縦穴攻略

 ダンジョン七十階層に乗り込んだ雄々しき戦士たちは、目前に迫る敵を見るなり足を竦ませた。既に十五階層まで決死行を繰り広げたラピスたちも同様だった。


 十五階層までは獰猛な獣が溢れ返っているだけだったが、七十階層はダンジョンそのものが牙を向いているようだったのである。


 知能の高い怪物は無数に存在する。それよりも際立つのは、四方八方から鋭く伸びたダンジョンの内壁だ。

 言うなれば牙だらけの凶暴なモンスターに飲み込まれたかのような感覚。先の見えない奥から木霊する、波のような唸り声が恐怖を倍増させる。


 それに加え、恐怖心を煽てる異形の怪物。動物的特徴がある個体など一匹もいない。人型のようで人型ではなく、放つ声は何かを喋っているようで理解不能。

 体の底から拒絶反応が沸き起こる敵に対し、先陣を切った獣人族の戦士は顔を引き攣らせた。


 戦意喪失すら起こりうる状況に、怪物への攻撃と同時に罅を入れた人物がいた。

 両腕を竜の筋肉に変質させた若草髪の青年だった。


 正確無慈悲なる武器の射出で、ゆっくりと接近していた十数匹の敵を一斉に灰へと変える。


「怯えるな!姿形が怖いなら相手はカボチャか何かだと思え!奴らは動きが遅いし体は脆い!臆せず立ち向かえば勝てるぞ!!」


 人の筋力でも魔人の筋力でも振り回すのが不可能だと思われる、身の丈ほどの大きな鎌を持ち先頭に立つ。勇猛果敢なその姿に、戦士たちが萎えかけた戦意を奮い立たせるのに時間はかからなかった。


 リーシェとの出会いを経て大きく変わった青年の背中に、ラピスは信頼を一段と強固なものへと改めた。強くなりたいと空を睨んだ青年は、見事にその願いを果たしてみせた。

 ならば少年も立ち尽くしている訳にはいかない。


 両手の指先を軽く合わせ開いた掌同士の空間に、淡い金に輝く光玉を発生させる。強化付与の全てを凝縮した『知の力』の結晶とも言える光玉は、ラピスの声と共に弾けた。


「降り注げ!」


 金色の雨が降る。一滴でも触れた戦士は全ての能力が飛躍的に強化され、敵殲滅のスピードを一気に上げた。

 英智の雫は道を切り拓くアズリカにも届き、相棒の確かな力に不敵な笑みを浮かべた。


 七十階層が物凄い速さで攻略されていく。次の階層へ続く階段を見つけるのも時間の問題だろう。

 ペースは順調だと算段をつけていたラピスの横で、不満そうに眉を寄せたのはシュウナだ。


「ふむ……少々、面倒じゃな」


 年寄りのような口調で紡がれた言葉の後に、頬に三本傷がある少年の声が続く。


「神の討伐はお前の悲願だろ。大人しく見てる必要はないんじゃねぇのか?」


 さらにその隣でキリヤが頷いた。


「国を再建する傍ら鍛え直していたのでしょう?リーシェ様のことも心配ですし、もったいぶらないでさっさと掘り進めては?」


 シュウナにはやたら当たりの強いキリヤの言葉の中で、一つの単語だけが脈動しているかのように強烈な存在感を放った。


「リーシェの居場所を知っているのか!?キリヤ!教えてくれ!」


 共にダンジョンを攻略した少年の肩を掴み問い質す。予想通りの反応だったのか、キリヤは特に驚くことなく答えた。


「はっきりとした居場所は分かりません。ただ数刻前にシルビアでお会いしました」


 キリヤの報告を聞いてラピスは首を傾げる。

 ラピスがリーシェと別れたのはつい一日前のことだ。レウスの強力すぎる治療のせいでピンピンしているが、『セブンスロード』の戦いからまだ時間は経っていない。


 それなのに一日以内に東の大陸を出て、南の大陸、そして北の大陸へ行くのはリーシェでも難しいのではないか。

 異空間を使ったという説も考えられるが、異空間から正確に行きたい場所へ行くのは不可能だ。キージスとの最後の戦いに向かう際も、あの男の残った気配を辿って行ったのだから。


 東の大陸は広大で、竜でもなければ一日で転移ゲートに行くことはできない。

 しかし数時間前に、リーシェはシルビアに現れ、ベリアにも姿を見せた。レイラが国からの伝令から聞いた話だと、ベリアの転移ゲートが外部から使用された形跡はないと言う。


「レイラ女王殿下」


「どうしましたか?ラピス元王子殿下」


「……リーシェがベリアに行ったというのは、具体的に何時間前ですか?」


 グレイスからリーシェとラピスの関係を聞いていたのか、やや険のある呼び方に苦笑いを浮かべた。深く追求はせず、聞きたいことだけに的を絞る。


 ラピスの問いにレイラはしばらく考える素振りを見せた。


「そうですねぇ。……五時間ほど前、だったと思います」


「キリヤは?」


「六時間も経っていませんよ。リーシェ様がお見えになったことを女王様にお伝えしたら、半ば強引に連れてこられましたから」


 やはりおかしい、と確信したラピスの耳にとてつもない轟音が響く。

 我に返って前方を見ると、シュウナが階層を縦にぶち抜いたところだった。どれほど力を秘めているのか、七十階層どころか五つほど階層を貫いた一撃を放ってもなおシュウナは平然としている。


「む、思ったより深く行かんかったの。もう少し解放しても良さそうじゃ」


 それどころか手加減していたらしい。

 ラピスがシュウナの戦いぶりを見るのは初めてだが、確かにこれが敵では逆らう気力も失われるだろう。リーシェはよく立ち向かったものだと、この場にいない少女に賞賛を送る。


「何を驚いているのじゃ。これはわしの亜種属性で、ダンジョンそのものを変形させているだけじゃ。わしが降りたらすぐに穴は塞ぐぞ。あの気に食わんトカゲに神討伐の邪魔をされては敵わんからな」


 はるか後方でレウスのくしゃみが聞こえた気がした。

 核爆弾も顔負けの衝撃に慌てて戻ってきたアズリカが、現状を見て憮然とした表情を作る。


「俺たちのことも一緒に連れて行け」


「『知』の小僧よ。ぬしが知りたがっている答えを一つ教えてやるとしよう。リーシェはこの下におる」


「「!!?」」


 冷静な様子で伝えられたリーシェの行方にラピスはもちろんアズリカも声を失った。

 数時間前にベリアに現れたリーシェ。しかし彼女は今、七十階層よりも下にいる。つまり少なくとも五時間も経たないうちに、ダンジョンを七十階層まで攻略したことになる。

 それこそ不可能な話だ。ダンジョンは迷宮であり、次の階層へ行く道を探すだけでも時間がかかる。実力的に、と言うより物理的に無理なのである。


「正確にはこの下に出現した。どの階層にも足を踏み入れることなく、最下層に降り立ったのじゃよ。ポッ、とな」


「……その話を信じる材料は?」


 嘘の情報だったら決して許さない。その意気で問うたアズリカに対し、シュウナは肩を上下させた。


「あるにはあるが、ぬし等が知るにはちと現実味がなかろう。これを言ったところで、また信じる材料を聞いて終わりじゃよ。真実を知りたくばわしと共に階層を降りるが良い。一刻とかからず最下層へと到達してみせよう」


 断る理由がないシュウナの提案を、ラピスたちは躊躇いなく受け入れた。

 戦人の女王であり、完全なる『伝説の存在』がこじ開けた穴に飛び降りる。ラピスの後にアズリカが続き、キリヤとゼキアも躊躇なく飛び込んだ。


 ゆっくりと閉じられていく縦穴に、瞬速で駆け込んでいく人影が六名。

 シュウナの意図を外れ、気に食わないトカゲもといレウスとルキアを始め、レイラ、ルシャ、ライヴィス、グレイスが穴に飛び入った。


 ラピスの強化付与は置き土産となり、約二千名の戦士兵士は地道にダンジョンを攻略することになったが、縦穴組からすれば些細なことであった。



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