終幕
いつかはこうなるだろうと思っていた。
メイティアは自慢の妹だ。頭もよく、戦いにも優れ、正義感も強い。毒づきながらもライヴィスを見捨てることは一度もなかった。力があるからこそ、他人にも優しくできた。
だからこそ、彼女が死ぬ時は誰かのために力を奮った時だろうと思っていた。
そんな予想、当たらなければ良かった。
ライヴィスの決断は間違っていたのか。尊重などと言わずに加勢していれば、メイティアは砂にならなかったかもしれない。
だがどれだけ嘆いても全ては過ぎ去った事だ。
ライヴィスにできることは、メイティアが守ろうとした者たちを無事に離脱させること。
風に舞って散っていった妹を静かに見送ってから、ライヴィスはルシャを背負った。
街の中心部への方向へリーシェたちを先導しようとしたその時。
軽快な笑い声が背後から聞こえた。
まさか、と信じたくない未来を予感する。振り向いた先で、動けなかったはずのマモンが片腕を空に向けて肩を揺らしていた。ルシファーも目を愕然と見開いて様子を見ている。
「あ〜……いったぁ……。ねぇルシファー、俺の顔どうなってる?」
問われたルシファーは驚きつつも呆然と答えた。
「ボ、ボコボコだ……」
「だよね。あの女、容赦なく殴ったもんな」
空へ掲げられていた手がパチンとマモンのボコボコの顔を叩く。緩慢な動きで状態を起こした彼の顔は、腫れた名残など少しも残っていなかった。
「どうなってるんだ?」
全員の心の声を代弁したラピスにマモンは妖しく微笑んだ。
「どうって俺は強欲だからさ。強く望めば全部その通りになる権能を与えられているんだ」
「その権能は掟破りである死に戻りも可能にするものなのですか?」
自らも掟破りをした少女が鋭い眼差しでマモンに殺気を向けた。今にも飛びかかりそうな雰囲気だが、リーシェの体力もさすがに限界に近い。ルシファーとの戦いで負った胸の傷が少しずつ響いてきているようだった。
「まさか。半殺しにされたけどまだ死んでなかった。俺が強く欲したのはルシファーの身の安全。そのためには、まだ生きる必要があった」
サラりと告げられたのは、彼自身の保身ではなく月蒼色の髪の眷属の存命だった。
「だがその権能とやらは、既に使えないのではないか?」
思わぬところから確信めいた問いかけが飛ぶ。ずっと状況を静観していたグレイスだった。やや長い赤髪を一つに結んで肩に流した壮年の男は、剣の切っ先のような眼光を飛ばしていた。
ライヴィスでもリーシェでも、ましてやレウスでもない者に察せられたことが意外だったのか、マモンの両目が僅かに丸くなる。
「死に戻りとまでは行かなくとも、ほぼ死んでいる状態から回復したのならそれなりの代償を伴っているはずだ。実際、貴様からは眷属のしてのプレッシャーをほとんど感じられない」
「……へぇ、分かっちゃうんだ。うん、正解。たった今、俺がもう『強欲』としての立場も力も剥奪された。依代の魂は時期に輪廻の輪へと還るだろう。その前に、俺の人格も薄れていくけど」
「そうまでしてあなたはなぜルシファーを守りたいと願ったのですか?」
リーシェの言葉にマモンはただ「大切だからさ」と短く答えた。たったそれだけ。だけど、何より強く尊い理由。リーシェがラピスたちを守り慈しむのと何も変わらない想いだった。
マモンとルシファーの関係性を彼に語らせるには、少しばかり時間が足りないだろう。
ライヴィスの目の前で少しずつ体を透けさせていくマモンは、無言で涙を流すルシファーをじっと見つめる。
言葉はなかった。ただ一度、固い抱擁があっただけ。
ルシファーがマモンの肩を濡らす。マモンは数秒ルシファーの肩に顔を埋めたあと、拳を青年の鳩尾にめり込ませた。
崩れ落ちるルシファーの体。それを最後まで支えそっと地面に横たわせるマモン。饒舌だったはずの眷属は口を閉ざし、薄い笑みを消さなかった顔には哀愁が漂っていた。
「あなたは……依代の方ですか?」
少女の呼びかけには答えず、青年は一言告げた。
「頼む」
消えていく。多くの謎を残したまま栗色の髪を光の粒子に変えて消えていく。
完全に消えた体は光の粒となって空へと昇っていく。最後の一粒が眠るルシファーの瞼に触れて、他と同様に天へと消えた。
残された者たちの間に微妙な空気が漂う。『セブンスロード』と戦い続けたメンバーは、リーシェも含めて体力が尽きており、疲労とダメージの蓄積が大きい。特にルシファーと戦った七人は大怪我で、ラピスやアズリカは腕を欠損させていた。
ルシファーへの対処より治療を優先した方が良い。
そう分かっているのにライヴィスは、動くことができなかった。
メイティアが死ぬ原因となった男が、守ろうとした存在を消したくて仕方ない。自分で思っている以上に抱いていた悲しみと後悔が、今になって胸に押し寄せた。
そうだ。殺してしまえばいい。意識のない敵なんて、殺すのに十秒もかからない。殺してから治療に移っても問題ないはずだ。
踏み出そうとした左足が不自然に止まる。ライヴィスの前髪に隠れていない左目が細く眇られた。
「どけ」
「いいえ。どきません」
前に立ち塞がったリーシェは、限界のはずの体を叱咤して両腕を広げていた。
これは面倒だ。十秒以上かかってしまう。
五秒にも満たない睨み合いの末、折れたのはライヴィスの方だった。当たり前だ。あの少女は呆れるほどに、称えるほどに頑固だと分かっているから。
踵を返す。落ちていたアズリカの両腕を回収してから、ラピスたちの元へ向かう。レウスは既にどこかに消えていた。互いに肩を貸し合いながら安全な場所へ向かう。
しかしリーシェはただ一人、真逆の方向へと歩を進めた。呼び止めようとしたラピスが不自然に意識を失い、少女に気を回せる余裕がある者は今はどこにもいなかった。
後書き、失礼します。
『セブンスロード』の眷属同士の関係性は、『伝説の少女は平穏に暮らしたい』第一部完結後の外典ストーリーにてお届けする予定です





