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鬼王メイデーア

『竜陽』を吸い込んだブラックホールが消えた余波に、全員の髪が静かに揺れた。しかしそれすらも鬱陶しく思うほど、場は緊迫していた。


 栗色の前髪の下で真紅の双眸を妖しく細めるマモンに、最も鋭い視線を向けたのはルシャだった。ルシャが眷属と戦うことになったきっかけが今、この争いの最終局面で現れたのだ。


 素晴らしい劇を見たとでも言う風にマモンは繰り返し手を叩いた。


「マモン……頭に響く。やめよ」


 肩を担がれているルシファーが止めると、微笑みを浮かべたままマモンは歌うように言った。


「俺は面白いものが好きだ。楽しいこと、苦しいこと、それら感情の機微を眺めることがたまらなく愛おしいのさ」


「そんな理由であの事件を起こしたのか……?」


 いくらかダメージから回復したルシャが唸るように問いかける。

 何か、マモンにも深い事情があればまだ反応は違っただろう。しかし何気なく明かされた動機にリーシェたちは怒りを覚えた。


「憂うことはあれど嘆くことはなかった良き王と、その隣に居場所を見出した放浪の少年。彼らが究極の選択を迫られた時、一体どんな風に殺し合うのかすごく興味があったんだ」


 言い終わると同時に激しい火花が散った。耳を劈くような金属音を響かせて、奮起したルシャが激情のままに斬りかかったのだ。

 いつも冷静であった男の顔はまるで鬼のように怒気に染まっていた。


「ふざけるな……ふざけるなぁぁ!!」


 ルシャの剣を素手で止めて余裕そうに笑む眷属を至近距離で睨みながら、ルシャは絶叫した。その声はビリビリと空気を揺らし、レウスですら目を丸くするほど気迫に満ちている。


「お前のその心底どうでもいい欲望で、どれだけ凄かった者が死んだと思う!!?どれだけ素晴らしい王が犠牲になった!?」


「心底どうでもいい欲望?ひどいな、その欲こそ俺の存在意義なんだけど」


 どんな怪力の持ち主なのか、掴んだ剣の峰ごとルシャを持ち上げるマモン。


「知っているさ。ナシャがどれほど素晴らしき王で、ガルタがどれほど素晴らしい人間性をしていたか」


 胴体ががら空きになったルシャの体に容赦のない拳が叩き込まれる。ルシファーとの戦いですでにガタガタになっていたルシャは、何の抵抗もできずに吹っ飛ばされた。戦場から退場する寸前で表情を消したライヴィスが受け止める。彼らを庇うように『強欲』と向き合ったのはメイティアだった。


「……幼い頃のことだがよく覚えておる。いつも優しい父の笑顔と声を。それが失われた途端に崩れ去った日常と、笑顔を消した母を」


 銀髪の少女の白く華奢な両腕が持ち上げられ、繊細な指は漆黒の角へと掛けられた。

 その行動を怪訝に思う暇もなく、鈍い音と共に両角が真っ二つに折られた。


 邪鬼にとって頭の角は鬼の象徴であり、力の源でもある。それを折ったメイティアは、しかし涼しい顔でマモンを見つめていた。


「父は偉大な人だった。子供心に誇りに思うほどに……。そして、ガルタは間違いなく大切な存在だった」


 少女の言葉にリーシェはハッとなった。メイティアの口から聞いた父の情報は、呪いをかけられた殺人犯ということだけ。今知ることになった彼女にとっての父の姿に、リーシェの胸には込み上げるものがあった。


 角を半分失ったメイティアの角膜が黒から金へと変わる。碧と金が美しい双眼を僅かに伏せたメイティアは折った角の先端を乱暴に投げ捨てた。


「其方の存在意義とやらをとやかく言うつもりはない。だが、好き勝手に欲のままに楽しんだ報いは受けてもらおう」


「フフ……君が俺に勝つって言ってるの?角を折って何を考えてるのか知らないけど、やめといた方が……っ!」


 旋風が巻き起こる。

 不自然に言葉を途切れさせた眷属が、目に追えない速さで最寄りの建物の外壁に吹っ飛ばされた。寸でのところで突き放されたルシファーが状況を飲み込んだ瞬間、言葉を失った。


 直前までマモンがいた場所にいつの間にか立ったメイティアが、赤黒い金棒を地面に突き立て土埃の向こうを睨みつける。


「侮るなよ。たかが眷属のナンバーワンの分際で調子に乗るでないわ。我は『邪鬼』のメイティア。別の名を『天邪鬼』のメイデーア。鬼王の力を引き継ぎし者であり、其方に引導を渡す者だ」


 ☆*☆*☆*


 息を継ぐ間もなく展開された熾烈な戦いは、メイティアとマモンの実力の拮抗により激しさを増していった。

 完全に観客と化しているリーシェは、想像を絶する実力を隠し持っていた少女の変わり様の要因を「角を折る」行為だと予想した。


 視線でライヴィスに説明を求めると、意識を失ったルシャを寝かせた青年が淡々と語った。


「『邪鬼』にはごく稀に特殊な力を持った者が生まれる。力の象徴である角は特殊能力を封印する楔であり、力を解放すれば角膜は金へと変わる。通常二百年弱の寿命である普通の『邪鬼』と比べて、その者は倍ほど生きる。多くの部分が『邪鬼』と違うことから、『天邪鬼』と呼ばれた」


 ライヴィスは横たわるルシャの青い髪を優しい手つきで撫でながら続けた。その横顔はどこか憂いを感じさせ、『天邪鬼』である妹を気遣っているようだった。


「『天邪鬼』は非常に強い力を持つ。歴代の『天邪鬼』の中でも特別強い力を持った者を鬼王と呼び、鬼王の力である『役小角(えんのおづの)』は、名前を引き継ぐことで我がものにすることができる。だがどんな厄災も祓う力を引き継ぐには、大きな代償を必要とする」


 轟音が鳴り響く。拮抗していた戦いの天秤が傾いたのかと思い見れみれば、未だ絶句しているルシファーの真横にマモンが叩きつけたれたところだった。重い金棒を軽々と振り回し追撃するメイティアの姿は、まさに鬼神の如しだった。


「その代償とは……?」


 嫌な予感がしながら問うリーシェの声と同時に、メイティアに変化が起きた。まだ重い攻撃を受けていないはずの少女が、苦しそうに血を吐いたのだ。

 ライヴィスは慌てる様子もなく言った。


()さ」


「……!」


「まさに諸刃の剣。あの戦いはメイティアがマモンを殺すか、負荷に耐え切れずメイティアが絶命するまで続く」


「止めないのですか?メイティアはあなたにとって大切な妹なのでしょう?」


 そしてリーシェにとって大切な友人でもある。ライヴィスに守る気があるのなら、リーシェは迷いなく加勢に行く。しかしライヴィスにその心がないのなら、リーシェの行動は兄妹の想いを踏みにじるのと同じことだ。

 リーシェの言葉にライヴィスは静かに目を閉じた。


「大切だから、あの子の意志を尊重したいんだ」


 そう言う青年の拳は血が滲むほど強く握られている。それでも踏みとどまることが出来るほど、ライヴィスのメイティアへの思いは強かった。

 ならばリーシェも静観を決めよう。メイティアの勝利を信じて。メイデーアの力がメイティアを食い尽くさないことを祈って。


 想いが通じたのか、マモンが殴打され倒れたきり動かなくなった。ルシファーがフラフラと駆け寄り呼びかけるも返事はない。

 金棒を投げ捨てたメイティアが荒い息を繰り返し吐いた。しかし両の足でしっかりと立っている姿は、正しく勝者の出で立ちだった。


 ライヴィスもリーシェも、ラピスたちもホッと安堵の息をついた瞬間……。


「ごめんね……お兄ちゃん」


 目の前で少女の体がサラサラと砂になって消えた。


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