第十七話 みなさん、素晴らしい演技です!
〔焔刻〕と〔氷刻〕によって発生していた霧が晴れると、出入り口だけが氷で閉ざされた祭壇の全貌がはっきり見えた。
同時に、監視者たちにも視認できただろう。
リーシェの後ろに無惨に転がるラピスたちを。
全員、血に濡れて苦しそうに倒れているのを見た監視者の一人、キージスは最初に現れたときと同じように拍手をしながら壁の中から出てきた。
「素晴らしい!知と技で得意分野が違うとはいえ、王都の精鋭をこうも簡単に圧倒してしまうとは!わたくし、嬉しい誤算に喜ばしい限りです」
真っ赤に染まってピクリとも動かない彼らに一瞥を向けた後、男の視線はリーシェの肩へ注がれた。
少女の左肩もまた、深紅に汚れていたからだ。
「連れてこられた時の傷が開きました。でも、治療は後回しでも構いません」
「えぇもちろん。今はまだ治療などしません。なぜなら、この者たちが消し炭になるのを見てませんからね」
あらかじめ、追い詰めて燃やす際は自分を呼ぶようにとキージスは言っていた。母親を返すのはその後だ、と。
調査隊の方に向き直り、無表情に詠唱の準備を始めたリーシェのすぐ後ろで男は気色悪い笑みを浮かべ続ける。
「赤く 紅く 朱く 燃ゆれ
古よりこの身に焼き付いた 精霊の焔よ
焔刻」
団を丸々包み込む大きさの火炎が瞬く間に動けないラピスたちに絡み付いていく。
焼ける痛みに意識を覚醒させた隊員の数人が激しく転がった。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!」
「ハハハハハハハハ!!何という快感だ!ずっと!ずっとこれが見たかった!忌々しい王都の犬どもが、わたくしの前で苦しみ消えていく光景がっ!」
絶叫にも負けないくらい興奮した声量でキージスは高々に笑った。
笑って、嗤い続けているせいで、転がっている隊員の行動に気づかなかった。
一世一代の名演技をしながら転がりまくる一人の隊員。名前をルブリスと言うらしい。彼はゴロゴロと凄まじい勢いで右回りをし続けて、キージスの足元まで転がった。
「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!……な~んてな」
ガシッと、まるで幼子が母親の足にしがみつくかのように強固にキージスの足首に纏わりつく。
「なっ!なにぃ!?」
驚愕の声を上げた男が振りほどこうとするも、相手は体を鍛えた騎士であり、それなりに重い装備を纏っている。
当然、キージスのばた足作戦は失敗に終わり無様に尻餅をついた。
「おっと、悪いな。嫁さんがいるから野郎の尻はお呼びじゃないんだ」
と、足首を掴みつつも降ってくるお尻を避けるルブリス。
よほど、お尻が降ってくるのが堪えたのか顔はわずかに青くなっていた。もしかしたら、お嫁さんにバレて怒られるのを想像したのかもしれない。
「男色家だって誤解されて張り手を受けるのはごめんだから、ちょっと大人しくしてくれ」
そう言いながら、装備のロープで暴れるキージスを縛り上げるとリーシェに目配せをした。
途端に、今までの行動全てを実行している間に体に纏わりついていた炎が綺麗に消える。
ラピスたちの炎も消えて、彼らは何事もなかったように起き上がった。
傷一つついていない姿に激しい歯軋りの音が響く。
「なぜだ!?なぜだぁ!?なんで生きてる!炎に巻かれていたはずだぞぉ!!?」
床に転がされた男が喚く。
リーシェはそれを凍りついた翡翠の瞳で見下ろした。
「うるさいです。燃やしますよ。静かにしてください。できれば、誰も傷つけたくないのですから」
「残念だったな。えぇっと、キージス、だったか?思い通りにならなくて、騙されてさぞ悔しいだろう?」
少女に続いて少年が皮肉げに笑う。
「さて。リーシェの母親の居場所を教えろ。父親の遺体の場所もだ。早く言わないと、燃やされるより辛い罰を俺が与えてやる」
ラピスの命令に、予想とは反して男は口の端を吊り上げた。
「お前の母親ぁ?ハッ!そんなのはもうとっくにいない!死にましたよ!十日前にねぇ!」
「ぇ……?」とリーシェの声にもならない声がやけに響いた。
顔は真っ青になり、表情は抜け落ち、そして次の瞬間、その身が炎と氷を迸らせた。
「リーシェ……!」
少年の制止の声すら届かず、感情の赴くままに祭壇の壁を破壊する。
ドゴォォォォンと物凄い轟音が鳴り、祭壇が揺れた。
「嘘です!!だって、約束しました!母は殺さないと、あなたは言いました!」
「そしたらお前だってこの犬たちを殺していないじゃないですかぁ!だいたい、わたくしの計画を何年も邪魔したあいつらなんか、あなたさえ手中に収まればもう利用価値なんてないんですよぉ!」
「どうしてそんなに簡単に人が殺せるのですか!?どうしてそんな簡単に人を傷つけるのですか!?あなたがが言っていることはちっとも理解できない!」
「理解だぁ!?そんなもの必要ない!お前は!ただ!わたくしの言う通りに動き!わたくしが命令したときに!大人しく死んでまえば……ガッッ!」
喋っていたキージスの口から夥しい血が吹き出して、リーシェは却って冷静になった。
理性的になった目でキージスの顎を蹴り上げたラピスを見る。
彼はリーシェよりずっと怒った顔で淡々と言った。
「なぁ?知っているか?俺が持つ『知の力』はな、攻撃以外のあらゆる事象を叶えてくれる優れものなんだよ」
虚空から出現した本がエメラルド色の光を纏って、キージスの切れた舌を復元していく。
「き、さま……何を……ガッッ!」
また、口から舌の先端が転がり出た。
「こういう風に傷をいくらでも治すこともできれば……」
必死の形相で痛みに耐えていた男が突然のたうち回って無音の絶叫を響かせた。
「~~~~~っっ!!!!」
「そんな風に痛覚を何十倍にも増幅させることもできる。簡単に言えばエンチャントのエキスパートってところだ」
幼い頃からラピスの面倒を見てきたお爺さん……ディリシャは仏のような顔で拷問を黙認していた。
この旅で初めて王子さまの下についた他の隊員たちは、震えている者もいれば、顔を手で覆っている者もいた。基本的にみんな、グロい系は苦手なようだ。
リーシェはというと、自分の傷がわりとグロかったこともあり、飛んだ舌に関しては特にそこまでの衝撃は受けなかった。
「言っただろう?燃えるより辛い罰を与えると。お前には王都に来てもらい、たっぷりと計画とやらを話してもらおうか」
左肩から流れるリーシェの血を浴びて真っ赤に染まっていたラピスは、自分の赤さを自覚していないのか非常に悪い笑顔を浮かべる。その姿はまるで鬼神もようだった。
その後、リーシェが破壊した壁の奥の牢屋から母と父の遺体は発見された。母は最後まで首がなくなった父を離さなかったのか、二人は寄り添って倒れていた。
行ける範囲の場所は捜索され、キージスに従っていた者たちも一斉に捕縛された。
リーシェ救出作戦は、こうしてとりあえず解決したのだった。





