大集合
リーシェが持っている『技の力』、その亜種属性の『結刻』は癒しの能力である。眩いのに儚く温かい光が、治療対象者に触れると瞬く間に傷を癒していく。
致命傷すらも治す絶大な効果を持つが、その代わり使用者の傷は治療することができない。
両腕を自分で斬り落としたリーシェだが、彼女自身にそれを復元する術はなかった。だからこそ右腕は氷で形成していたのだ。
そして。
部位の欠損はラピスの『知の力』でも治すことができない。ラピスが用いる治療は、失った皮膚や細胞を叡智を以て付与する方法で行っている。骨や筋繊維から全てを元通りに治し、問題なく動くように神経接続することはラピスでもできない。
ルシファーから「腕を治せ」と言われたリーシェは、こちらに背を向けたまま立ったままだ。腕を失った左の二の腕はどういう原理が血が出ていない。まるで最初から腕が存在していなかったかのように、ツルリとした皮膚が断面を覆っていた。
失血のせいで視界に霞がかかっているラピスは、次の瞬間信じられないものを見た。
リーシェが無表情で両腕の断面に息を吹きかけた。たったそれだけの行動で、スルスルとしなやかな腕が伸びたのだ。『結刻』を使った気配もなく、もちろんその他の属性を使ったようにも見えなかった。そもそも、リーシェが保有している属性に自身の傷を癒す効果を持つものはなかったはずだ。
しかし腕は治った。氷で造られていた右腕も懐かしい肌色を見せている。
なぜ、どうして、と問いかけようとしたラピスを唐突に強烈な眠気が襲った。無理やり眠らされるというより、心が安らいで眠りに落ちる感覚だった。
これと似たような状況で敵が無力化された光景を見たことがある。
「リーシェ……どうして……」
意識がプツリと切れる直前にラピスの脳裏に描かれたのは、『焔氷刻 夢室一陣』で行動を強制終了させられた魔人軍を見下ろした記憶だった。
☆*☆*☆*
腕を修復し、七人の意識を強制的に刈り取ったリーシェは口元に微かな笑みを浮かべた。少女らしい優しい微笑みにルシファーは問いかける。
「今のは『治療』というより『時間の巻き戻し』のようであったな」
「目敏いですね。死に戻ったことで私はこの世界のルールから外れた存在となりました。その結果、新たな亜種属性を二つ取得しました。コレはそのうちの一つを利用したものです」
隠す必要もないのでリーシェはスラスラと答えた。話しながら治したばかりの腕の調子を確かめている。
「利用した亜種属性の名は『時空操作』。限定的ですが時間を巻き戻すことができます。腕を斬り飛ばす前の時間に両腕の状態を戻しています」
つまりリーシェと少女の両腕はくっついてはいるものの、違う時間軸に存在していることになる。リーシェ自身は現在の時間軸に存在しているが、腕は別の時間軸から引っ張ってきたのだ。
どこまで限定されているのかリーシェにもまだ分からないが、最大限効果を引き出すことができれば死に戻りも可能になるであろう。当然それをするつもりは毛頭ない。
この命は未来を繋いでくれたスティのもの。少しでも欠けたり失ったりすることはできないのだ。
ルシファーに勝つ。それが今リーシェが全力で達成すべき課題である。
気持ちを引き締めてリーシェは笑みを消した。戦闘開始の気配を感じたルシファーも拳を構える。
青年が右足を踏み出す音を合図に熾烈な戦いが始まった。
ルシファーが繰り出した瞬速の右ストレートをリーシェは神がかった動体視力で回避すると、隙だらけの腹部に膝をめり込ませようと左膝を前に突き出した。
だが眷属は攻撃を読み切り右足の脛で受け止める。決して軽くはない衝撃が両者を僅かに後退させたが、空いた距離はすぐに縮まり肉弾戦が開幕した。
鈍く乾いた音が何度も響き、聞いただけで戦闘の激しさを物語っていた。
リーシェの顔や体にも避けきれない攻撃が入っていき、スティの体術で対抗されているルシファーは何度も外された関節を嵌め直した。
リーシェの踵落としが床を抉り、ルシファーの回し蹴りが旋風となって空気を唸らせる。
数分間の攻防の末、決定的な攻撃が加えられたのはリーシェだった。
攻撃に一切怯まず向かってきたルシファーの手のひらが、リーシェの胸骨を正面から押し心臓を圧迫させたのだ。
もちろん手加減などなく、『傲慢』の眷属が持ちうる全ての力を込めた一撃はリーシェの胸骨をひび割れさせ、少女の口から血を吐かせた。
崩れ落ち手を地面に付けたリーシェは、しばらく辛そうに胸を抑えていた。普通の人間なら一溜りもなく心臓を止めているはずの傷のはずだった。
妙なことをされる前に命を取ろうとしたルシファーが一歩近づいた瞬間、俯いていたリーシェがニヤリと笑う。
「そこ、足元注意です」
スティを連想させる笑みを見せられたルシファーが眉を顰めるのと同時に、青年の体が縦に貫かれる。左足を足底から膝にかけて穿たれ、眷属の体が打ち上げられる。
「グッ……!」
空中でバランスを取ろうとしたルシファーだったが、次々と下から襲いかかってくる氷の槍が容赦なく体を穿っていく。
次に青年が地上に戻った時、その体はボロ切れのように穴だらけになっていた。
それでもルシファーは生きていた。四肢は既に使い物にならなくなっていたが、動かせる眼球を鋭くさせて幽鬼のように立ち上がるリーシェを睨み上げる。
「貴様……卑怯だぞ……。これは俺とスティの体術の雌雄を決する戦い。それ以外の……力を、使うなど……!」
異議を唱えていたルシファーの口は、頬ごと手で掴んだリーシェに止められた。
口の端から鮮血を流したリーシェは大きく笑った唇から短い笑い声を放った。
「ハハッ!卑怯?何を言っているんですか、あなたは」
顔を一層近づけたことでルシファーは間近から視線を合わせることになった。スティと同じ木漏れ日のようなシトラスグリーンの色の奥に、酷く歪んだ感情を垣間見た気がした。
「私は最初からあなたと正々堂々戦うつもりはありませんでしたよ。それに、私はスティさんではないので、雌雄も何もどうでも良いです」
愕然と目を見開く『傲慢』に『慈愛』を受け継いだはずの少女は、真顔になって『狂気』を見せつけた。
「これは戦いですよ。生きるも死ぬもあなた次第。負けたのはあなたが弱かったから。あなたが自分自身を疑うことをしなかったから。ぜんぶ、敗因はあなたにあるのですよ?」
口答えを許さないとでも言うように、リーシェの肉の右腕が豪炎を纏う。死ぬ方法の中でも最も苦痛を伴う焼死を味合わせるつもりだ。
これからルシファーを襲う苦しみに覚悟を決めようとした時、第三者の声がリーシェの攻撃を止めた。
「ハイ、それストップ」
燃え盛った少女の腕を掴んで制しているのは、艶やかな亜麻色の髪を切り揃えた青年だった。
にこやかに明らかに軽い調子でリーシェを制止し、熱さなど感じていないかのように腕を止め続けている。
「誰ですか、あなた」
突然現れた邪魔者にリーシェが問いかけた。
青年の名前を知っているルシファーはこの場を彼に任せて二人から距離を取る。
しゃがんだリーシェと相対した青年は、ニコニコと笑ったままその名前を名乗った。
「俺はマモン。『セブンスロード』のナンバーワン、『強欲』のマモン。以後お見知り置きしといてね」
警戒を強めるリーシェの背後で、扉と天井が盛大に破壊される。土煙の中から走ってきたのは左腰に見慣れない刀を差したグレイスだ。
リーシェが驚きを顕にしたのは天井からの乱入者だった。
紫の艶が美しい漆黒の竜が大きな顎を覗かせていた。翼が無遠慮に建物を破壊し、気が済んだ頃にはそれなりに広大だった建物が更地になっていた。瓦礫はすべてグレイスが重力で支え落下を防いでいる。
まるで子供が積み木の城を壊すように乱入してきた竜は、眩い光を放って姿を人型に変えた。
建物が解体されていく間に正体を察していたリーシェは、短く竜の名を呼んだ。
「レウス、なぜここに?」
前回会った時は巻いていた目の布を取り払ったレウスは、マモンにも負けず劣らずの軽い様子で手を挙げた。
「来ちゃった」
さらに空から金髪の青年が落下してくる。その横に優雅に着地した銀髪の少女は建物があったはずの更地を見て、眉を不満そうに寄せた。足元で頭を抑えながら立ち上がろうとする青年は、無遠慮に少女の肩を借りて全体重をかけながら状態を上げる。角を生やした少女に投げ落とされるまでが予定調和だ。
「痛ァ!?おいメイティア、お兄様になんて事するんだ!?」
「黙れ。文句なら我らを背に乗せたまま形態を解除したレウスに言うべきだ」
キージスとのいざこざで別れも言えなかったライヴィスとメイティアがじゃれ合っていた。
思いがけぬ面子の集合に驚いたリーシェに同調したのか、眠っていた者たちも次々と目を覚ましていく。
どう動けば良いのか分からない状況にリーシェは内心面倒くさそうに溜息を吐くのだった。





