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逝かないで

「シノブ以外は先に行け。コイツは俺とアズリカで十分だからな」


 ラピスの指示に後方にいた四人は神妙な顔で頷いて走っていく。妨害することもできたはずだが、レヴィアタンは小さく微笑むだけで四人を素通りさせた。

 次の部屋へと続く扉の奥へ進んでいく背中から目を離し、臨戦態勢に入る。

 先手はレヴィアタンだった。


「ホーリーバレット」


 また、あの悪夢のような攻撃を繰り返す。後方には死の恐怖に気絶した多くの信者が残っている。雨のように降り注ぐ銃弾に、ラピスは冷めた瞳を向けた。


「アズリカ、一つ残らず叩き落とせ」


「馬鹿の一つ覚えみたいに同じ攻撃しやがって。同じ手が二度も通じるわけがないだろ」


 無数の弾丸に対してアズリカは二本の鎖と、二十振りの剣を展開させる。爛々と若草の双眸を光らせて、青年は人間離れした動きで雨に対応していった。


 迎撃戦を始めたアズリカを背後に残して、ラピスは金髪の少女の元へと疾駆する。半神に至った身体能力を最大限に活かして一息で敵に肉薄した。

 遅れることなく反応したレヴィアタンは、掲げていた銃口をラピスの眉間に押し当てる。


 トリガーを引く直前で銃口は上へと弾き上げられた。ラピスが手刀で矛先を逸らしたのだ。

 体勢を崩し表情を驚きに染めるレヴィアタンの頬に、硬く握った拳がめり込んだ。吹っ飛ばされ壁に激突する『嫉妬』の眷属に、ラピスは容赦なく次の攻撃を加える。

 膝を着いて顔を抑える少女の腹を蹴り上げ、上空に飛ばされた体を殴り落とした。

 レヴィアタンが吐いた血がラピスの顔を汚す。それも構わず少年は攻撃し続けた。


 致命傷くらいじゃ眷属は死なない。いくら痛めつけても簡単に死なないということだ。

 リーシェを殺された悲しみと怒り、そして何も出来なかった自分への苛立ちが、そのまま攻撃の威力に上書きされていた。


 雨が止む。吹っ飛んでいたレヴィアタンの体には、ホーリーバレットに被弾して空いた穴がいくつもできていた。

 アズリカが正確無比に撃ち落としたおかげで、動き回っていたラピスは無傷のままだ。


 ラピスの攻撃が一時的に止まる。怒りが鎮まった訳では無い。次の番に控えている者がいるからだ。


 仰向けに倒れダメージで動けないレヴィアタン右腕に、銀色の鎖が巻き付く。眦を吊り上げたアズリカが、勢いよく少女を吊し上げまるでヌンチャクのように壁に叩きつけた。骨が折れる音が何度も響き、負荷に耐え切れず少女の右腕がちぎれ飛んだ。


 上空を舞う血塗れのレヴィアタンの体にいくつもの武器が突き立つ。上半身と下半身が離れてしまいそうな本数の武器での狙撃に、眷属は為す術もなく地面に落下した。


 ようやく攻撃が止む。

 明らかに致命傷以上の攻撃を与えられたレヴィアタンは、それでも目を開けて呼吸をしていた。


 生き繋いでいる姿を見て、ラピスとアズリカは驚くこともせず邪悪に笑う。まだ報復することができる、と。

 かつてないほどの憎しみを抱くラピスたちに、レヴィアタンは尚も微笑みを浮かべた。


「あぁ、痛いですわ……」


「まだ喋る元気があるのか」


 傷だらけの腹を抑えて声を発する少女にアズリカが冷たく言い放つ。

 その眉間に剣の切っ先が突きつけられた。

 少しでも動けば頭を貫かれる状況にも、レヴィアタンは焦る様子を見せなかった。


「フフ……リーシェを……殺されたことが、そんなに嫌?そんなに腹立たしい?……もし、そうなのだとしたら……あなたたちは本当に、身勝手な人たちですわね」


「黙れ」


 小さな衝撃と共にレヴィアタンの眉間をレイピアが穿つ。しかし、強靭な生命力でレヴィアタンは喋り続けた。だがその内容は死の間際の独白のようだった。


「ここで、終わるのね……。長かった……とても長かった。アスモデウスに……スティに追いつくことは出来なかったけれど……少しでも近づくことくらいは、できたかしら……。本当に、報われない……一生でしたわ……」


 眷属の呼吸が絶える。右腕はなく、足はおかしな方向に曲がり、体が半分に分かれてしまいそうなほど胴体に傷を作り、美しい顔は見る影もなく腫れ上がり血で濡れている。深紅の瞳の奥に一瞬だけ紫色が煌めいた気がした。


 ラピスとアズリカはもう目を向けることなく、リーシェの亡骸の方へ歩いていく。

 悪い夢であれば良かったのに、リーシェは変わらずボロボロの姿でシノブに守られていた。

 戦いですらない蹂躙の顛末を見守っていたシノブは、僅かな恐怖を童顔に浮かべていた。


「リーシェ、俺たちは……これからどうすればいい?」


 返事があるはずもない問いを発したアズリカの目から、次々と涙が零れ落ちる。その唇は何度も噛み締められた跡があり血が滲んでいた。

 赤い前髪をそっと撫でながらラピスも無言で拳を握り締める。レヴィアタンを何度も殴り飛ばした拳は、皮が捲り上がり腫れていた。


「お前がいるから、俺は生きることを選んだのに……!お前がいなくなったら、俺は何を目印にして歩けば良いんだ……!?」


 虚しい問いかけが響く。アズリカの慟哭は嗚咽に変わり、青年は顔を右手で覆い隠した。

 月の瞳を悲しみの雨で濡らしたラピスは、信者たちの中で伏しているベルフェゴールを見る。


「リーシェの『斬守』がなぜ不完全だったのか……お前なら分かるか?」


 そろそろ限界が近い様子のゼバブは掠れ声で答えた。


「僕の権能を……ベルゼバブが使ったせいだよ。お姉ちゃんの能力を喰らおうとして、失敗したんだと思う。中途半端に……喰われたせいで、防御壁の展開に制限が出たんだ」


「リーシェはそれを知っていて、俺たちを守ることを優先したのか……」


「……本当に、あいつはいっつも俺たちを守ろうとするな」


 最後に見たリーシェの儚い表情を思い出してラピスは歯を食い縛った。アズリカは涙だらけの弱々しい笑みを、目を閉じるリーシェに向けた。


「リーシェが命懸けで守ってくれた命、ちゃんと繋いでいかないとな……」


 乱暴に目元を拭ったアズリカが、最後にリーシェをそっと抱き締めて立ち上がる。ルシャたちが戦っているはずの部屋に向かって歩き出す背中を見送った。シノブも気を遣ったのかアズリカの後を追って行った。


「リーシェ、俺はお前のことが本当に好きだ。好きだから、リーシェに少しでも近づきたくて必死に努力した」


 せめて普段の姿で眠ってもらおうと、欠けた部分を治していく。

 額に空いた穴も塞いで、喋らないリーシェに語りかけ続けた。


「せっかく追いついたと思ったのに、お前は今度こそ手の届かない場所に行ってしまったな。……なぁ、リーシェ」


 綺麗になった少女の顔にポタポタと涙が落ちていく。


「俺は、お前がいないと……寂しくて仕方ないよ。寒いんだ、どうしようもなく。頼むから、俺を置いて逝かないで……」


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